「すべての夜を思いだす」清原惟監督

 PFFスカラシップ作品を認識したのは、第6回「二十才の微熱」(1992年、橋口亮輔監督)と第7回「裸足のピクニック」(1992年、矢口史靖監督)のころからだから、もう30年以上も前のことになる。以来、ほとんどの作品をスクリーンで見てきたが、第27回「裸足で鳴らしてみせろ」(2021年、工藤梨穂監督)に続いて、こちらの方が企画としては前になる第26回の「すべての夜を思いだす」がいよいよ劇場公開される。映画製作を巡る環境がどんどん変わっていく中で、よくぞこれだけ長く続けてくれたものだと、自主映画ファンとしては感謝の念に堪えない。

 PFFスカラシップとは、日本最大級の自主映画の祭典、ぴあフィルムフェスティバルのコンペティション部門「PFFアワード」に入賞した監督を対象に長編映画製作の援助を行うシステムで、「すべての夜を思いだす」の清原惟監督は2017年に「わたしたちの家」でPFFアワードのグランプリを受賞し、スカラシップの権利を獲得した。「わたしたちの家」は翌2018年の年明け早々に劇場公開されたが、一つの家を舞台に二つの別々の物語が同時進行で紡がれるという他に類を見ない画期的な作風で、次回作が本当に待ち遠しかったというのが正直なところだ。

 その新作「すべての夜を思いだす」だが、前作とはテイストは異なるものの、やっぱり見る側の感性にすべてを委ねるような思い切った作りになっていて、見終わって時間がたてばたつほど妙に心をざわつかせるという何とも不思議な味わいのある映画だった。

 特にこれといった筋の通った物語があるわけではなく、東京郊外の団地で繰り広げられるある1日が映し出される。再就職を目指している知珠(兵藤公美)は、葉書に書かれた差出人の住所を頼りに友人を訪ねて初めてこの団地を訪れたが、なかなか目的地にたどり着かない。一方、ガス検針員の早苗(大場みなみ)は住民から行方不明になっているおじいさんを見つけてほしいと頼まれ、人探しをすることになる。友人とダンスに興じ、カフェや博物館で過ごしていた夏(見上愛)は、現像の引換券を手に写真屋へと自転車を走らせる。

 そんな何のつながりもない3人の女性がこの団地で過ごす風景が、ただ断片的につづられる。同じ時間に同じ空間に存在しているから同じ画面に映り込むことはあるし、例えば夏が訪れた写真屋の店員は早苗の彼氏だったりするなど微妙に交錯はするものの、説明的なせりふは一切なく、3人の過去や感情、人間関係などはこのぶつ切りで差し出された数々の描写から読み解くしかない。

 最初は、私たちは何を見せられているのだろうという疑問が湧き起こるが、この脈絡のない風景から浮き上がってくるのは、確かに彼らはここに存在しているという事実だ。劇中、写真屋の店員がホームビデオをデジタルにダビングする。そのビデオに映っている誕生日を迎えた幼子のように、特に何ら理由もなく、でも必然的に彼らは存在する。同時にさまざまな人の不在も強調されるから、余計に存在すること自体に重みがある。

 夏が友人と訪れた博物館で、土偶の展示を前に「土偶って何のために作られたのかわかっていない」と交わすせりふがある。極めて印象的な言葉だが、映画も、いやすべての創作物は土偶と同じで、何のために作られたかなんてわからなくていい。でも作られるべくして作られていて、それをどう解釈するかは、もっと言えば解釈しなくてもいいからどう鑑賞するかはあなた次第、と言っているかのようだ。

 まさにアートの根源に迫るものだが、それを決して難解なせりふではなく、ごく日常的な会話で成り立たせているというところに、清原監督のとてつもなさを感じる。そうやって見ると、この脈絡のなさは何とも癖になるし、さあ次は誰がどんな行動を取るのか、場面転換が楽しみで楽しみで仕方がなくなる。

 清原監督には2017年に「わたしたちの家」でインタビュー取材をしているが、「映画が物語から始まるということに対する違和感というか、物語を映画の中心として考えていないところがある」と口にしていた。「原作ものだけ、わかりやすいものだけを求める人ばかりじゃないと思いたい。わかりやすいものしか見ないという人たちに向けても新しいものを見せることができると思うし、そんなに甘い世界じゃないとは思うけど、何か自分でできることを探してやりたいですね」と話していたが、次の「何か自分でできること」がこの「すべての夜を思いだす」とは、信念と覚悟に揺るぎがないね。(藤井克郎)

 2024年3月2日(土)から、東京・渋谷のユーロスペースなど全国で順次公開。

©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

清原惟監督「すべての夜を思いだす」から。郊外の団地を舞台に、3人の女性の1日の風景が描かれる ©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

清原惟監督「すべての夜を思いだす」から。郊外の団地を舞台に、3人の女性の1日の風景が描かれる ©2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF