「みなに幸あれ」下津優太監督

 2024年の年明け一発目の試写会、いわば試写初めは、いやはや何とも強烈なインパクトのある作品だった。第1回日本ホラー映画大賞の大賞受賞作ということで多少身構えはしたものの、想像のはるかに上をゆく奇天烈さで、よくも悪くも記憶に深く刻まれるものになったのは間違いない。

 主人公は都会で看護学校に通う若い女性(古川琴音)。どうやら子どものころ、祖父母が住む田舎の家に行ったときのトラウマがあるらしく、何の説明もなくその恐怖の予感をイメージさせる場面から始まるのだが、この冒頭の映像だけで、もうぞわぞわとぞくぞくが押し寄せてくる。

 その彼女が大人になった今、一人で祖父母の家を訪れることになる。ほかの家族は遅れてくるみたいで、到着初日、田舎料理で歓待する祖父母とごく普通の会話を交わし、やがて一人で床に入るのだが、天井裏に違和感のようなものを覚える。恐らく彼女の知らない何かがそこに潜んでいる。一体それって何なのか。うう、ぞっとする。

 どちらかというとホラーというよりもサスペンスの要素が強く、これ以上のあらすじはネタバレになってしまうので控えるが、その「何か」が姿を現すまでは、のぞき見するようなカメラワークといい、うすら寒い色合いといい、かすかな音までぞわっと聞こえる音声といい、文句のつけようのないほどわくわくどきどきの極上ミステリーに仕上がっている。

 ところが一変、その正体がわかってからのカオスといったらどうだろう。いい意味で支離滅裂というかしっちゃかめっちゃかというか、血しぶきは飛び散るわ、ものすごい形相が現れるわ、特殊メイクと伝統的な映像処理を駆使して、あらゆるホラーの要素を詰め込んだごった煮の世界が出現する。それまでの緻密な謎解きはどこに行ってしまったの、というくらいのはちゃめちゃぶりだ。

 そんな中で貫かれているのが、人の幸せは何かの犠牲の上で成り立っているというテーマで、毎日おいしく食事ができるのも、牛や豚、魚などが命を犠牲にしているからという教えが強調される。祖母は孫に何度も何度も「今、幸せ?」と尋ねるし、幸せを保ち続けるためにはそれなりの闇の部分を抱え込まなくてはならないというわけだ。まあ、ブラックユーモアではあるんだけど、ウクライナやパレスチナなどでの悲劇の報道に接すると、あながち現実離れした絵空事とも思えない。こけおどしとけれん味の先に深い真理がちらっちらっと見え隠れしていて、1990年生まれと若い下津優太監督の志の高さに感じ入った。

 もう一つ特筆すべきはキャスティングの妙味で、主演の古川琴音と幼なじみ役の松大航也以外はロケ先の福岡県で活動している俳優たちだということだが、この不気味な世界観をものの見事に体現していた。特に祖父母役の棒読みのようなせりふ回しにぎこちない演技ぶりが、この閉塞感の漂う村の空気感にマッチしていて見ほれてしまう。ところどころ肉体を酷使するおぞましいシーンもあるのに、決して熱演だとは映らないというのも稀有なことで、よくぞこんなにも自然に恐怖を表現できる普通の人をそろえたものだと感心する。

 福岡県出身の下津監督は現在、テレビCMやミュージックビデオなどで活躍中とのことだが、今後も日本映画界に斬新すぎる息吹をもたらしてくれるに違いない。(藤井克郎)

 2024年1月19日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷など全国で順次公開。

©2023「みなに幸あれ」製作委員会

下津優太監督作品「みなに幸あれ」から。女性(古川琴音)は田舎の祖父母の家で信じられない体験をする ©2023「みなに幸あれ」製作委員会

下津優太監督作品「みなに幸あれ」から。閉鎖的な村で行われていたこととは…… ©2023「みなに幸あれ」製作委員会