「ラ・メゾン 小説家と娼婦」アニッサ・ボンヌフォン監督

 コロナ以降、監督や俳優ら海外の映画人の来日はしばらく途絶えていたが、今年2023年はようやく以前の状態に戻ったようだ。10月に10日間にわたって開かれた東京国際映画祭でも、前年の104人と比べて何と1923%も多い約2000人の海外ゲストが来場し、舞台挨拶や上映後のQ&Aなどで映画ファンと交流を繰り広げた。個別の作品でも劇場公開前に関係者が来日するケースが増えていて、そんな1本にフランス、ベルギー合作の「ラ・メゾン 小説家と娼婦」がある。

 11月22日にアニッサ・ボンヌフォン監督と主演のアナ・ジラルドがフランスから来日して記者会見を開くとの案内をもらい、あな、うれしや、と会場のHOTEL GROOVE SHINJUKUに駆けつけたが、会議室のような部屋に詰めかけた記者は20人程度といったところか。うん、確かに人気の大スターでもなければ、来日会見ってこんな感じだったような気がするよ。

 こぢんまりと気さくな雰囲気の中、女優としても活動するボンヌフォン監督も、「FOUJITA」(2015年、小栗康平監督)や「おかえり、ブルゴーニュへ」(2017年、セドリック・クラピッシュ監督)などで知られるジラルドも、常に笑顔を絶やさずに真剣に受け答えしていて、非常に好感を抱いた。映画は小説のネタのために娼婦になるという作家が主人公だけに、ジラルドの大胆なセックスシーンがふんだんに登場するのだが、役づくりについて聞かれたジラルドは「まず身体的な部分から役に入っていく必要がありました。キャバレーのダンサーについて自分の肉体と折り合いをつける練習に取り組んだのですが、全裸で高いヒールの靴を履いて鏡の前で歩くというもので、自分の目をしっかりと見て自分のことを好きになるようにと言われた。大変でしたが、そのおかげで恐怖感、不安感から全く解放されました」と臆することなくきっちりと説明する。

 一方のボンヌフォン監督も、娼婦という職業は人間が存在する限り存在し続けると前置きして「この作品を通して言いたいのは、売春にまつわる偽善がとりわけフランスでは横行しているということ。売春は法的に禁止されているものの、現実には存在する。でも社会はそれを見て見ぬふりをすることで、娼婦たちのケアを怠っている。それこそ偽善であり、社会保障もなければ、彼女たちを危険な状況のまま放置している。彼女たちの存在をきちんと認めて、社会的な保護をしっかりとするべきだと思うんです」と強調していた。

 映画には原作がある。2019年に出版されたエマ・ベッケルの小説で、作家本人が実際に2年間、身分を隠して高級娼館に潜入した経験をしたためた本は、発表と同時にフランスで一大センセーションを巻き起こし、世界16カ国でベストセラーとなった。この原作を基に、それまではドキュメンタリーを手がけてきたボンヌフォン監督が、自らも脚本に参加して映画化したのが「ラ・メゾン 小説家と娼婦」だ。

 フランスからドイツのベルリンに移り住んだ27歳のエマは、好奇心と野心から娼婦たちの実情を小説にしようと試みる。有名な高級娼館「ラ・メゾン」に娼婦として潜入した彼女は、男性客のさまざまな欲望の相手をこなしながら、ともに働く女性たちの思いや暮らしに触れていく。こうして取材を兼ねた危険な実体験は、いつしか2年の時が過ぎようとしていた。

 映画はほぼ全編にわたって、このラ・メゾンの館内の描写でつづられていて、ドキュメンタリー映画で培ったボンヌフォン監督ならではのリアリティーが追求されている。次から次へと相手をする男性客もいろいろなら、一緒に働く娼婦たちもそれぞれの事情を抱えていて、でも決して無理やり売春を強いられているのではない。彼女たちの自由意思で娼婦という職業を選択している、ということにエマは気づく。彼女たちは、貞淑さが求められる古い社会規範を否定しつつ、かと言って女性の権利を声高に主張するわけでもない。娼婦も客もお互いがお互いを必要としている場所。ラ・メゾンはそんな存在だということを、変に理屈っぽくなることなく、セックスシーン満載で描き切ったボンヌフォン監督の潔さにはうならされる。

 中でも監督の視点が色濃く反映されていると感じたのは、客も娼婦も実に多種多彩な人たちだということだ。客の中にはとんでもなく暴力的な男もいれば、上得意客の医者はいつも3人でのプレイを楽しむ。女性たちにもSMが趣味の子がいたりして、みんな自由にそれぞれの欲望を満たせばいいのではないかとの主張が見え隠れする。そればかりか、この映画のすごいところは、男女の性差を乗り越えたジェンダーフリーの精神にも踏み込んで作品を構築していることで、娼館という舞台設定でこの視座には恐れ入った。

 記者会見の最後、「私の作品を日本の劇場で公開したいと勇気を持って決めてくれた配給会社には本当にお礼を言いたいです」と、あくまでも謙虚に語っていたボンヌフォン監督だったが、もう次からは世界的な名匠になっていて、こんなに気安い来日はできなくなるかもしれないね。(藤井克郎)

 2023年12月29日(金)から、新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ渋谷など全国で順次公開。

© RADAR FILMS – REZO PRODUCTIONS – UMEDIA – CARL HIRSCHMANN – STELLA MARIS PICTURES

フランス、ベルギー合作のアニッサ・ボンヌフォン監督作「ラ・メゾン 小説家と娼婦」から。小説家のエマ(アナ・ジラルド)は娼館「ラ・メゾン」に娼婦として潜入する © RADAR FILMS – REZO PRODUCTIONS – UMEDIA – CARL HIRSCHMANN – STELLA MARIS PICTURES

フランス、ベルギー合作のアニッサ・ボンヌフォン監督作「ラ・メゾン 小説家と娼婦」から。娼館「ラ・メゾン」にはさまざまな女性たちが働いていた © RADAR FILMS – REZO PRODUCTIONS – UMEDIA – CARL HIRSCHMANN – STELLA MARIS PICTURES

来日記者会見で笑顔を見せるアニッサ・ボンヌフォン監督(左)とアナ・ジラルド=2023年11月22日、東京都新宿区のHOTEL GROOVE SHINJUKU(藤井克郎撮影)

来日記者会見で笑顔を見せるアニッサ・ボンヌフォン監督(左)とアナ・ジラルド=2023年11月22日、東京都新宿区のHOTEL GROOVE SHINJUKU(藤井克郎撮影)