「愛にイナズマ」石井裕也監督

 話題沸騰中の社会派娯楽作品「月」が封切られたばかりの石井裕也監督だが、またまた刺激的な傑作が公開される。監督自身のオリジナル脚本で挑んだ今度の「愛にイナズマ」は、いささか奇妙な人々が繰り広げるユーモアたっぷりの家族の肖像を描いていて、テーマはずばり映画そのものだ。取り上げているモチーフも映画づくりだし、作品自体がまたいかにも映画していて、人はどうして映画を作るのか、どうして映画を見るのか、という根源的な部分にまで踏み込んでいる。腹を抱えて笑って見ていながらも、どこか背筋がぴんと伸びるような気分にさせられた。

 主人公の折村花子(松岡茉優)は、26歳にして念願の映画監督デビューを目前に控えていた。プロデューサーの原(MEGUMI)に期待しているとおだてられ、作家性を前面に押し出した意欲作をぶちかましたいと意気込むが、常識ばかり口にする年上の助監督、荒川(三浦貴大)との衝突もあり、なかなか前に進まない。そんなとき、あまりにもまっすぐ過ぎる舘正夫(窪田正孝)と出会い、勇気をもらった花子はあくまでも自分のやり方を押し通そうとするが……。

 とまあ、映画製作にまつわる不条理な現状と、コロナ禍で露呈した社会の同調圧力に抗おうとする花子の奮戦記が展開されるのかと思いきや、後半では一転、10年以上も音信不通だった家族との奇妙な再会へと話が転がっていく。父親の治(佐藤浩市)が暮らす実家に正夫とともに帰った花子は、どちらも癖の強い長兄の誠一(池松壮亮)と次兄の雄二(若葉竜也)も呼び寄せ、家族の姿をカメラに収めて自分にしか撮れない映画を作るんだと息巻く。この前半と後半とでは物語もテーマ性もがらっと違うという構造自体がまたいかにも映画的で、なるほどこう来たかと思わずうならされることしきりだった。

 特に映画ならではと思うのは、ところどころに見られる大胆な省略だ。黒澤明監督の「生きる」(1952年)のように、あえて肝心の場面を見せずに観客の想像で補ってもらうというわけか、前半と後半の間がすっぽり抜けているのをはじめとして、説明不足とも思えるような端折り方が随所に現れる。だからめちゃめちゃテンポがいいし、このスタイルで家族間の飛躍し過ぎる会話が飛び交うという面白さ。上映時間中は暗闇の中でスクリーンの前に縛りつけられているという映画だからこそなせる技だなと感服した。

 工夫を凝らした構成の一方で、コロナ禍を経た今の時代なりの世相がきちんと映り込んでいるというのもさすがだ。まっすぐな正夫が高校生に絡んでいた酔っ払いとの間に割って入ろうとしたら、高校生の方が正論を武器に攻撃する自粛警察だったというオチなど、時代性を突いた皮肉の数々がおかしい。映画業界の風刺もなかなかのもので、作品に常に理由と意味を求め、突発的なことなど起こらないと主張する人間の底の浅さと言ったら。常識にとらわれて、思ってもいないことを口先だけで押し通そうという人間は何も映画業界に限らず、今の世の中、どこにでもいる。そんなやからが幅を利かせている社会から、果たして活力なんて生まれるのか。そんな石井監督なりの抵抗が感じられる。

 この9月に開かれた自主映画の祭典「ぴあフィルムフェスティバル2023」のコンペティション部門で審査員を務めた石井監督は、表彰式の総評で「作家の切実な問題意識や表現欲求があるならば、たとえ誰にも理解されないとしても、その映画は存在するべきだと僕は思う」と若い映画監督にエールを送った。その言葉を自ら実践してみせたのがこの作品であり、いい意味で支離滅裂なパワーがみなぎっている。映画はここまで自由にやっていいんだよ、というつぶやきが、スクリーンの向こうから聞こえてきたような気がした。(藤井克郎)

 2023年10月27日(金)、全国公開。

©2023「愛にイナズマ」製作委員会

石井裕也監督作品「愛にイナズマ」から。夢破れて実家に帰った花子(中央、松岡茉優)だったが…… ©2023「愛にイナズマ」製作委員会

石井裕也監督作品「愛にイナズマ」から。映画監督を目指す花子(右、松岡茉優)は、まっすぐ過ぎる正夫(窪田正孝)と運命的な出会いをする ©2023「愛にイナズマ」製作委員会