「禁じられた遊び」中田秀夫監督
デビューしたての若い時分にインタビュー取材をした監督は、どうしてもその後の動向が気になってしまう。新作が公開されるたびになるべく見にいくようにしているが、国内外の名だたる映画祭で高い評価を受けたり、全国公開の大作をどんどん手がけたりするような名匠、巨匠になっていく人もいて、まるでわがことのように喜ばしい気分になる。
中田秀夫監督に初めて取材したのは1996年の2月、劇場映画第1作となる「女優霊」の公開前のことだった。もともとホラーは大の苦手なんだけど、半蔵門駅近くにあったぴあ試写室でのマスコミ試写会に行ったら当方を含めて客席に2人しかおらず、しかも作品はそれまでに見たどのホラー映画よりも怖かった。あまりの恐怖と心細さに、思わず途中で逃げ出したくなったほどだ。
この「女優霊」は、開局間もないWOWOWが映画を撮る機会に恵まれない中堅、若手の監督を起用して日本映画界に風穴を開けた「J・MOVIE・WARS」シリーズの1本で、ほかに青山真治、万田邦敏、河瀨直美といった監督がこのシリーズでデビューしている。中田監督の場合は、文化庁の芸術家在外研修員としてロンドンに留学中、所属していたにっかつが倒産し、向こうで撮りかけていたドキュメンタリーを完成させたくて、一時帰国していろんなところに売り込みにいった先の一つがWOWOWだった。プロデューサーとのやりとりの中で、ドキュメンタリーとは別に撮影所を舞台にしたホラー作品を提案したところ、面白いとなって映画化が実現したが、当時の取材メモを繰ってみると、「ホラーで一番いいなと思うのは、どこかでリアリズムを外す瞬間が来るところ。どこかで飛べる、遊べる。それが面白いとも言えるし、難しいところでもある」と話している。
一方で「ジャンル的に、これだ、と限るつもりはない。まだまだ駆け出しなので何にでも挑戦したいが、メロドラマが好きというのは正直な気持ちです」とも語っていたが、その後、「リング」(1998年)、「リング2」(1999年)の大ヒットで、すっかりホラーのスペシャリストのイメージがついてしまった。自分としては「ラストシーン」(2002年)とか「ホワイトリリー」(2016年)といった、ホラーじゃないけど、ちょっと切ないメロドラマの要素がある作品が好きかな。
で今度の新作「禁じられた遊び」なんだけど、同名のホラー小説を原作にした作品で、やっぱり怖さが炸裂しているものの、同時に切なさも目いっぱい感じられるメロドラマ中のメロドラマに仕上がっていた。
会社員の伊原直人(重岡大毅)は、妻の美雪(ファーストサマーウイカ)と息子の春翔(正垣湊都)の3人で幸せな生活を送っていた。そんなある日、妻と息子が交通事故に遭ったとの連絡が入る。春翔は何とか息を吹き返したものの、美雪は即死だった。その葬儀会場に、かつて直人の会社の後輩だった映像ディレクターの倉沢比呂子(橋本環奈)が姿を見せる。比呂子は美雪が死んだと聞いて、過去の恐ろしい経験を思い出していた。
過去に比呂子の身に起こったこと、そしてこれから起こるとんでもないこと、の正体については何も言うまい。いくら苦手だとは言え、ホラーを見る楽しみは事前に余計な情報を仕入れないに限ることくらいはわきまえている。ただ穏やかな場面が続く序盤から恐怖を予感させる描写がそこかしこに顔をのぞかせて、さすがは中田監督だわいとうならされた。
例えば橋本環奈が登場するシーン。ちょっと古びたマンションの飾り気のない狭いホールからエレベーターに乗って、5階建ての5階で降りる。せりふもないたったそれだけの映像で、彼女にまつわるさまざまな情報を入れ込んでいるばかりか、どこかに何かが潜んでいるかのような視点で撮影していて、ちょっとぞわぞわっとさせる。見る側がホラー映画だと意識しているからこその効果で、絶対にここで何かが起こるぞと身構える。
彼女の携帯電話に非通知でかかってくる音声も、恐怖をあおる小道具として見事なものだ。最初は雑音にしか聞こえないが、何度も来るうちにだんだんと何と言っているかがわかってくる。音声だけでぎょっとさせ、影の描写でぞっとさせ、最後はCG満開でぎょっとさせる。質の異なる何段階もの「ぎょっ」を重ねるとは、ホラーを知り尽くしている中田監督だからこそなせる技なのかもしれない。
メロドラマに関しては……、これはストーリーに踏み込むことになるので詳しくは言えないが、「源氏物語」の昔から描かれてきた人間の悲しいさがが根底にある。その描写とキャラクターの強烈さは、あの「リング」の貞子にも匹敵するほどの切なさで、ホラーってだけで遠ざけちゃいけないな、とちょっぴり反省した。(藤井克郎)
2023年9月8日(金)、全国公開。
©2023映画『禁じられた遊び』製作委員会
中田秀夫監督作品「禁じられた遊び」から。比呂子(左、橋本環奈)は、かつての会社の先輩だった直人(重岡大毅)と恐怖の体験をする ©2023映画『禁じられた遊び』製作委員会
中田秀夫監督作品「禁じられた遊び」から。直人(右、重岡大毅)は妻の美雪(ファーストサマーウイカ)と幸せな家庭を築いていたが…… ©2023映画『禁じられた遊び』製作委員会