「ファルコン・レイク」シャルロット・ル・ボン監督
カナダのケベック州と言えば英語ではなくフランス語が公用語で、フランス映画とはまたテイストの異なるフランス語映画の傑作がたくさん作られている。世界で活躍する映画人も多く、「ダラス・バイヤーズクラブ」(2013年)のジャン=マルク・ヴァレや「ブレードランナー2049」(2017年)のドゥニ・ヴィルヌーヴ、「Mommy/マミー」(2014年)のグザヴィエ・ドランといった俊英の名が思い浮かぶが、また一人、類まれな才能の持ち主が現れた。
1986年生まれのシャルロット・ル・ボン監督はすでに俳優として知られていて、フランスのジャリル・レスペール監督作「イヴ・サンローラン」(2014年)ではフランスで最も栄誉あるセザール賞の助演女優賞にノミネートされたほか、ラッセ・ハルストレム監督の「マダム・マロリーと魔法のスパイス」(2014年)、ロバート・ゼメキス監督の「ザ・ウォーク」(2015年)といった名立たる名匠の作品で重要な役どころを演じている。監督としても2018年に初めて短編を手がけたのに続いて、初の長編として「ファルコン・レイク」(2022年)を世に出したが、映像のセンスといい、語り口の巧みさといい、新人離れした完成度で、スクリーンに目がくぎ付けになった。
原作はフランスで話題を呼んだバンド・デシネ、いわゆる漫画のことで、舞台をフランスのブルターニュからケベックのローランティッドに移して映画化した。もうすぐ14歳を迎えるフランスの少年、バスティアン(ジョゼフ・アンジェル)は、両親と弟とともにひと夏を過ごすため、ケベックの湖畔の避暑地にやってくる。別荘では母の友人のルイーズと16歳になる一人娘のクロエ(サラ・モンプチ)も一緒だった。久しぶりに再会したクロエはちょっと大人っぽくなっていて、「湖には幽霊がいる」などとバスティアンをからかいつつ、一人気ままに湖で泳ぐ。ワインにたばこ、英語を話す年上の男友達など、未知の世界をちらちらと見せてくるクロエに、バスティアンは次第にひかれていくが……。
少し背伸びをしたい。でもまだちょっと怖い。そんな微妙な思春期の心情を、ル・ボン監督は16ミリフィルムで撮影した横幅の狭いスタンダードサイズの映像と、若い役者の素の部分を取り入れた巧みな演出でつづっていく。自然光を生かした撮影は、森や湖のざらついた彩りがノスタルジックな雰囲気を醸す戸外に対して、室内の場面はお互いの表情もよくわからないほど薄暗い。だが2人のぶっきらぼうな会話やちょっとしたしぐさで、お互いの気持ちの揺れがものの見事に伝わってくる。
中でもバスティアンにちょくちょくちょっかいを出すクロエの描写がいい。彼女自身、大いに背伸びをしつつも大人にはなり切っておらず、年上の男友達のオリヴァー(アンソニー・テリエン)に粋がってみせるかと思えば、バスティアン相手には経験豊富な振りをして手玉に取る。幽霊の話も、一人で湖を泳ぐ姿も、バスティアンに湖に入るようけしかける挑発も、実に映画的な切なさ、甘酸っぱさが画面からにじみ出ていて、ル・ボン監督のみずみずしい感性が強烈に伝わってくる。クロエを演じたカナダの若手俳優のモンプチもそんな監督の要求に応えて、ころころと変わる思いを豊かな表情を駆使して自在に表現していて、どっきりさせられっぱなしだった。
ラストも、観客がどうとでも受け取ることができるように深い余韻を残していて、まさに若い感性と熟練の技が絶妙に同居しているかのようだ。カンヌ国際映画祭の監督週間に選出されたほか、シカゴ国際映画祭の新人監督賞など世界各地で高い評価を受けており、ル・ボン監督、今後の活動から目が離せない存在であることは間違いない。(藤井克郎)
2023年8月25日(金)から渋谷シネクイントなど全国で順次公開。
© 2022 – CINÉFRANCE STUDIOS / 9438-1043 QUEBEC INC. / ONZECINQ / PRODUCTIONS DU CHTIMI
カナダ、フランス合作のシャルロット・ル・ボン監督作「ファルコン・レイク」から。バスティアン(左、ジョゼフ・アンジェル)はちょっと年上のクロエ(サラ・モンプチ)にひかれていくが…… © 2022 – CINÉFRANCE STUDIOS / 9438-1043 QUEBEC INC. / ONZECINQ / PRODUCTIONS DU CHTIMI
カナダ、フランス合作のシャルロット・ル・ボン監督作「ファルコン・レイク」から。16ミリフィルムで撮った湖畔のざらついた色彩が少年の心象風景を彩る © 2022 – CINÉFRANCE STUDIOS / 9438-1043 QUEBEC INC. / ONZECINQ / PRODUCTIONS DU CHTIMI