「オオカミの家」「骨」クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ監督

 ストップモーション・アニメーションの制作現場は何度か取材したことがある。人形などをちょっとずつ動かして一コマ一コマ撮影する技法はめちゃくちゃ手間がかかる地道な作業で、Mr.Childrenのミュージックビデオや東日本大震災をモチーフにした短編「松が枝を結び」などで知られる村田朋泰監督の工房を2018年に見せてもらったときは、50カットの撮影に約1時間半を費やしていた。それで3秒ちょっとの映像にしかならないそうで、1時間を超す長編映画となるとどれだけの時間と労力が必要か、想像しただけで気が遠くなる。

 それでも作家がこの手法に固執するのは、ストップモーション・アニメーションでなくては表現できないものがあるからで、村田監督の場合は「ぬくもり」だった。「人の手と感情でものを動かしたり触ったりすることでぬくもりが生まれる。そのときに生じるへこみや不具合みたいなものは、一つの味と理解しています」と語っていた。

 確かに世界的に見ても「チェブラーシカ」とか「ひつじのショーン」とか、ぬくもりのある愛らしい人形アニメがいくつも思い浮かぶ一方、チェコのヤン・シュヴァンクマイエルやアメリカのブラザーズ・クエイの作品のようにダークな名作も数多い。最近も「ロボコップ」(1987年、ポール・ヴァーホーヴェン監督)などの特殊効果で知られるフィル・ティペットが30年越しに完成させた監督作「マッドゴッド」(2021年)なんてめちゃめちゃ無気味な世界だったし、日本でも堀貴秀監督が7年かけて「JUNK HEAD」(2021年)というとてつもない作品をほぼ一人で作り上げたけれど、決してぬくもりのあるほんわかした感じではなかったもんね。

 南米チリのクリストバル・レオンとホアキン・コシーニャのコンビが手がけた初の長編映画「オオカミの家」(2018年)も、犯罪の温床だった実在の集落をモチーフにした何ともおどろおどろしい作品だが、その表現方法は驚きに満ちていて、必見のストップモーション・アニメーションになっている。

 厳しい罰に耐えかねてドイツ人入植者の集落から脱走した少女マリアは、ある粗末な一軒家に逃げ込んだ。そこで出会った2匹の子ブタを「ペドロ」と「アナ」と名付け、仲良く暮らし始めたマリアだが、ほっとしたのもつかの間、森の奥から彼女を探すオオカミの不気味な声が聞こえるようになる。おびえるマリアを挑発するかのようにペドロとアナは次々と姿を変え、マリアを恐怖の淵に追い込んでゆく。

 というざくっとしたストーリーはあるものの、特にせりふやナレーションで詳しく説明されるわけではなく、抽象的な言葉がスペイン語とドイツ語入り乱れて響き合うだけだ。それよりも映像でその世界観を表現したいという狙いなのだろう。とにかくちょっとの間もとどまることなく、コマ撮りの絵が立体と平面とごちゃ混ぜになって怒涛のように動いてゆく。

 マリアも、ペドロとアナも、最初から人形の形になっているのではなく、何だか紙テープのようなものが徐々に立体化して人型になったかと思えば、また徐々に紙テープ状に崩れて無に戻る。しかも部屋の壁には平面の絵がどんどん描かれていって、コマ撮りで動いている立体の人型と交錯したりもする。二次元と三次元のアニメーションが合体と遊離を繰り返しているわけで、一体どういう思考回路でこの複雑な撮影をしたのか、ちょっと想像できないくらいの驚異の映像だ。その間、音楽と言葉も途絶えることなく常に流れ続けていて、74分の上映時間がめちゃくちゃ濃密な積み重ねになっていた。

 モチーフの背景がまたえぐい。これまで全く知らなかったが、1961年から2005年頃までチリ南部に「コロニア・ディグニダ」というドイツ系移民による入植地があった。プレス資料によると、第二次世界大戦中、ナチスドイツ軍に看護師として従軍したパウル・シェーファーなる人物が西ドイツからチリに逃亡して設立し、強制労働や身体的暴力、性的虐待、薬物や電気ショックによる洗脳、武器の密輸と、ありとあらゆる犯罪が行われていたらしい。中でも1973年から1990年まで軍事独裁政権を敷いていたピノチェト大統領と結託し、反対派の拷問、殺害の場として利用されていたという。とにかく悪名高き集落のようで、そんな背景を知ってからこのアニメーションを見ると、またさらに恐ろしさが募ってくるかもしれない。

 レオンとコシーニャの両監督はともに1980年生まれのチリ人で、これまで写真やドローイング、彫刻、ダンスなどさまざまな技法を組み合わせて実験的な短編映画を制作。ロッテルダムやロカルノなど国際映画祭での上映に加え、ニューヨークのグッゲンハイム美術館やベルリンのクンストヴェルケ現代美術センター、ベネチア・ビエンナーレなどで展覧会が開かれている注目の映像作家だ。

 日本では今回、初の長編となる「オオカミの家」のほか、この作品にほれ込んだ「ミッドサマー」(2019年)のアリ・アスター監督が製作総指揮を務めた短編「骨」(2021年)も併映される。1901年に作られた世界初のストップモーション・アニメーションが発掘されたという設定のモノクロ作品で、少女が人間の死体を使って謎の儀式を行う様子が収められているが、ときどきドキッとするような表現が組み込まれていて、14分という短さながら中身はやはり相当に濃い。

 手間暇かかるストップモーション・アニメーションの性質上、長編を量産するというわけにはいかないだろうが、このレオン&コシーニャの両監督が編み出す革命的な映像魔術からは、この先も間違いなく目が離せない。(藤井克郎)

 8月19日(土)からシアター・イメージフォーラムなど全国で順次公開。

クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ監督のチリ映画「オオカミの家」から。© Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ監督のチリ映画「骨」から。© Pista B & Diluvio, 2023