「モリコーネ 映画が恋した音楽家」ジュゼッペ・トルナトーレ監督

 イタリア映画界の至宝、ジュゼッペ・トルナトーレ監督に関しては、ちょっぴり痛い思い出がある。2013年10月に「鑑定士と顔のない依頼人」(2013年)で来日したとき、インタビューの機会に恵まれたのだが、その数日前に会った古い友人から、ぜひ渡してほしいとCDを託された。彼がプロモーションの手伝いをしていたあるミュージシャンの作品で、次の監督作で曲を使ってもらえたらという魂胆があったようなんだけど、取材は真剣勝負の場であって、普段はサインのおねだりなんかもしたことがない。さて、と悩んだものの、音楽自体はすてきな曲だったし、日本土産にCDを手渡すだけならいいかな、と引き受けた。

 取材当日、和やかにインタビューが終わっての別れ際、預かっていたCD2枚ほどを取り出して、「知り合いが作曲したものですが、よかったら聴いてください」と進呈した。気さくな監督はにこにこしながら「楽しみに聴かせてもらいます」と答えてくれたが、でもよくよく考えるまでもなく、トルナトーレ映画といえば「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)のころからずっとエンニオ・モリコーネの音楽だもんなあ。まあ何とも小っ恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。

 そのトルナトーレ監督が、2020年に91歳でこの世を去ったモリコーネのドキュメンタリー映画を撮った。となれば、これは何が何でもスクリーンの前に駆けつけねばなるまい。

「モリコーネ 映画が恋した音楽家」には、生前のモリコーネ本人へのインタビューを中心に、過去の記録映像やゆかりの映画人、音楽関係者の証言、それにモリコーネが音楽を手がけた数々の映画の断片を絡ませて、人間としても音楽としてもモリコーネの偉大さをこれでもかとばかりに映し出している。中でもさすがだなと感じたのは、インタビュー時はすでに90歳近い高齢だったにもかかわらず、これまでに手がけた作品について実に鮮明に記憶していることだ。

 自分でも何曲かわからないと打ち明けるほど無数の映画音楽を作曲していながら、次から次へとそらでメロディーを口ずさむ。自作とは言え、アレンジも含めて完璧に再現する記憶力には驚くばかりだが、この鼻歌にかぶせて実際の映画の場面やオーケストラの演奏をぴたっとシンクロさせる演出もまた素晴らしく、もはやドキュメンタリーの域を超えた美しさだ。音と映像を共鳴させることでは人後に落ちないトルナトーレ監督のまさに真骨頂とも言える技で、モリコーネのすごみがさらに強烈に伝わってくる。

 証言者の顔触れも実に多彩だ。モリコーネとは小学校の同級生で、「荒野の用心棒」(1964年)など数々の名作をコンビで生み出したセルジオ・レオーネ監督をはじめ、レオーネ映画の常連だったクリント・イーストウッドに、ベルナルド・ベルトルッチ、クエンティン・タランティーノ、テレンス・マリック、ダリオ・アルジェントといった名匠、巨匠が口々にモリコーネ音楽の神髄を語る。さらには同じ映画音楽に携わるハンス・ジマーやジョン・ウィリアムズ、それにジョーン・バエズ、ブルース・スプリングスティーン、クインシー・ジョーンズらモリコーネを敬愛するミュージシャンにも幅広くインタビューしていて、彼がいかに偉大な音楽家で、いかに多くの人々に慕われていたかがつぶさに示される。

 一方で、その才能に比して、決して順風満帆の人生ではなかったこともきっちりと描かれる。師匠のゴッフレード・ペトラッシらクラシックの作曲家からは映画音楽なんてと一段低く見られていたし、アカデミー賞の作曲賞は何度も候補に挙がるものの、長く受賞はかなわなかった。2007年に名誉賞を授与された後、2016年に「ヘイトフル・エイト」(2015年、クエンティン・タランティーノ監督)でようやく作曲賞を獲得したときの場面は感涙ものだ。

 それにしても、よくぞこんなにたくさんのショットを集めてきたものだとあきれるくらい、過去の名作が次から次へと登場する。そのほとんどはモリコーネが携わっている作品だが、中には「荒野の用心棒」の元ネタとなった黒澤明監督の「用心棒」(1961年)などもちらっと映っていて、権利のクリアだけでも大変な作業だっただろう。そこまでしてモリコーネの素晴らしさを広く知らしめたいと思ったわけで、やはりトルナトーレ監督にとって何ものにも代えがたい特別な存在だったことは間違いない。(藤井克郎)

 2023年1月13日(金)から、TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマなど全国で順次公開。

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ジュゼッペ・トルナトーレ監督のドキュメンタリー映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」から ©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

エンニオ・モリコーネ(左)のドキュメンタリー映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を手がけたジュゼッペ・トルナトーレ監督 ©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras