「I AM JAM ピザの惑星危機一髪!」辻凪子監督

 無声映画を活動弁士付きで見た経験は何度もあるが、それらは旧作と呼ばれる過去の名画だった。弁士のしゃべりはそれなりに楽しいし、モノクロのあまり鮮明ではない画質も恐らく当時からそんな感じだったんだろうなと思うけど、映画が娯楽の王様だった活弁全盛期、老いも若きも子どもたちも、誰もがわくわくしながら新作を楽しんでいた熱狂は、残念ながら想像力を働かせるしかない。

 そんな映画の原点とも言える興奮を、さまざまな娯楽が氾濫するこの時代に、それも今風の味つけでもたらしてくれるのが、活弁付き新作無声映画の「I AM JAM ピザの惑星危機一髪!」だ。NHK連続テレビ小説の「わろてんか」や「おちょやん」など、数多くの映画、テレビドラマに出演している俳優の辻凪子が、自らの主演で脚本、監督を手がけた作品で、弁士の大森くみこによる生の語りとピアノ伴奏が付いた「活弁公演版」と、すでにあらかじめ録音されている「活弁吹込版」の2つの上映形態を用意して、全国の劇場を回っていく。

 当方は一足先に試写会で「活弁公演版」を見たが、アイデア満載の夢のある仕掛けの数々に思いっきり魅了された。コロナ禍ですっかり自宅の画面で映画を見る癖がついてしまった人には、改めて映画館体験の素晴らしさを認識してもらえるんじゃないだろうか。

 主人公のジャム(辻凪子)は世界一のコメディエンヌになることを夢見ながら、今はピザ店でアルバイトに励む毎日だ。ある日、大嵐に遭ってピザの惑星まで吹き飛ばされたジャムは、ピザ店の店長そっくりの王様(塚地武雅)から、銀河系の危機を救うため、サイズの異なるピザを集めてきてほしいと頼まれる。こうしてピザ店の従業員仲間(きばほのか、長野こうへい、黒住尚生)のそっくりさんらとともに、ピザを探して冒険の旅に出発する。

 というストーリーもほんわかしていてすてきなんだけど、とにかく大森の活弁のテンポのよさが抜群なのと、ときどきジャムちゃんがスクリーンから飛び出して大森と絡んだりする演出がめちゃめちゃ楽しくて、上映時間の85分があっという間だった。何しろ生で演じているから、時には大森が客席をいじったりもする。映画の展開がファンタジーにぶっ飛んでいるところで「ついてきてますか?」と振ったかと思えば、「ここは観客参加です」と拍手を促すなど、当意即妙のやり取りで場を盛り上げる。ジャムを演じる辻監督が舞台に出てくるタイミングも絶妙で、創意工夫の跡がうかがわれる。

 映画自体、活弁抜きにしてもなかなか凝った作りで、ジョルジュ・メリエス監督の「月世界旅行」(1902年)をイメージした表現があったり、マイム俳優のいいむろなおきがチャールズ・チャップリンやバスター・キートンを彷彿とさせるパントマイムを披露したりするなど、かつての無声映画へのオマージュがちりばめられている。出演者も、辻監督が所属する「劇団間組」座長の間寛平や、「おちょやん」で共演した塚地武雅らが、本当に楽しそうに参加していて、そのたたずまいを見ているだけで何だか心がほっこりする。冒頭に登場するニコニコ太陽さん(眉村ちあき)なんて、もうこれ以上の太陽はないと言えるほど奇跡的な太陽なんだよね。

 それにコメディエンヌになってみんなを笑わせたいというジャムちゃんの夢に始まり、パントマイムの小屋や宇宙一の映画監督を目指す宇宙人など、映画や芸能への愛が作品の根底に流れているというのが素晴らしい。宇宙大王の風邪が原因で笑いを封印していることが銀河系の危機につながっているという展開も、コロナ禍で娯楽を自粛する風潮に対する風刺にもなっていて、辻監督の高い志が垣間見える。

 何よりも「活弁公演版」では、ジャムちゃんの格好をして舞台に登場するかと思えば、ピアノ以外の楽器を担当して効果音をその場で披露するという奮闘ぶり。役者としても超多忙の身だろうに、映画の魅力を広めようとここまで粉骨砕身して笑顔を届ける辻監督の思いに胸が熱くなった。(藤井克郎)

 2022年12月3日(土)からポレポレ東中野(東京)、12月10日(土)からシネ・ヌーヴォ(大阪)など全国で順次公開。

©2020 活弁映画『I AM JAM』製作プロジェクト

辻凪子監督の活弁付き新作無声映画「I AM JAM ピザの惑星危機一髪!」から。ジャム(辻凪子)は銀河系の危機を救うため、宇宙旅行に出発する ©2020 活弁映画『I AM JAM』製作プロジェクト

辻凪子監督の活弁付き新作無声映画「I AM JAM ピザの惑星危機一髪!」から。ジャム(左、辻凪子)と弁士(大森くみこ)がスクリーンの内と外でさまざまに交わり合う ©2020 活弁映画『I AM JAM』製作プロジェクト