「窓辺にて」今泉力哉監督
11月2日に第35回東京国際映画祭が閉幕したが、今年はほとんど参加していない。それもいくつか記者会見に出たくらいで、会期中には1本も出品作品を見なかった。せっかくプレスパスを発行してもらっているのに誠に申し訳ないんだけど、でも一般客と一緒に映画を見る機会が得にくいというのはどうなんだろう。ゲストの舞台挨拶とか上映後のQ&Aを取材すると映画を見ることができないし、プレスなどのために実施している試写にはゲストが出てこない。今年はようやく海外からたくさんの映画人が来日したのだから、映画も見て、トークも聞いて、会見も出て、と思っても、プレスパスではなかなかかなわない。まあ、チケットを買って普通に入ればいいだけのことなんだけどね。
会期中ではないが、出品作品も何本かは事前にマスコミ試写で見ている。そんな1本、今泉力哉監督の「窓辺にて」が、早くも劇場公開される。映画祭ではメインのコンペティション部門に選出され、観客賞を受賞したが、何とも軽妙洒脱で味わい深い作品だった。
主人公はフリーライターの市川茂巳(稲垣吾郎)。私生活である重大な悩みを抱えている茂巳は、芥川賞を想起させる吉田賞なる文学賞の記者会見で、受賞者の高校生作家、久保留亜(玉城ティナ)に鋭い質問を投げかけ、彼女の興味を引く。受賞作の主人公が手に入れたものをすぐに手放すという描写に引っかかりを覚えた茂巳は、留亜に「小説のモデルがいるなら会わせてほしい」と願い出る。
こうして留亜が紹介する人たちと出会っていくんだけど、ほとんどの場面が茂巳と誰かの1対1、あるいは1対2の会話で展開されていくというのが面白い。いかにも軽薄そうな留亜の恋人(倉悠貴)や、森の中で一人暮らしをしている渋い叔父(斉藤陽一郎)といった留亜を介した人物だけでなく、編集者をしている自分の妻(中村ゆり)、彼女が担当している売れっ子作家(佐々木詩音)、日ごろ相談に乗っているスポーツ選手(若葉竜也)、その妻(志田未来)と、さまざまな登場人物が入れ代わり立ち代わり茂巳と言葉を交わす。それも文学が主なモチーフなだけに会話の中身は深遠で、特に留亜の小説のテーマの「手に入れること」と「手放すこと」の相克が、やがて現実の人間関係にも敷衍していく。
実は茂巳はかつて1作だけ小説を書いていて、その小説の内容も留亜の受賞作と同様、映画に重要な作用をもたらす。本編の映画のストーリーだけでなく、それぞれの小説も物語から文体からしっかりと作り上げているんだけど、完全に今泉監督のオリジナル脚本でここまで構築するなんて、もう驚きを通り越してとてつもないとしか言いようがない。
と同時に、不倫問題などかなりどろどろとした話もばんばん出てくるんだよね。文学の高尚さと男女関係の卑近さを紙一重のところで絡ませる巧みさは、さすがは恋愛映画の名手と言われる今泉監督だけのことはある。
いわば高尚側の代表として稲垣を配し、卑近側には倉や若葉を持ってきて、かっこつけてもっともらしく語る稲垣に対し、倉や若葉らが「わからない」と素直に突っ込むなんぞは、エスプリにあふれていて大いに笑える。稲垣、玉城、倉の3人が廃車置き場で丁々発止と渡り合うワンカットの長回しをロングショットで捉えるシーンなんて、会話だけで何でこんなにスリリングなのかと思うほど手に汗握る見せ場だ。
稲垣にとってインテリ然とした役は珍しくはないかもしれないけれど、怒涛のせりふ量は改めてこの役者の限りない可能性を明らかにした。日本映画でもこんなにわくわく感をもたらす会話劇が成立するということを、今泉監督とともに見せつけてくれた気がするよ。(藤井克郎)
2022年11月4日(金)、全国公開。
©2022「窓辺にて」製作委員会
今泉力哉監督作品「窓辺にて」から。フリーライターの茂巳(稲垣吾郎)は、ある重大な悩みを抱えていた ©2022「窓辺にて」製作委員会
今泉力哉監督作品「窓辺にて」から。フリーライターの茂巳(左、稲垣吾郎)は、高校生作家、留亜(玉城ティナ)の小説のモデルに興味を持つ ©2022「窓辺にて」製作委員会