「マヤの秘密」ユヴァル・アドラー監督

 こちらの勝手な思い込みなんだけど、アメリカ映画というととかく分かりやすくてはっきりしている娯楽の王道というイメージがある。ヨーロッパ映画のように複雑で屈折した余韻がいつまでも残る作品ってあんまりないんじゃないかなと思っていたが、そりゃどこの国だっていろんな映画人がいるし、こういう映画を作ろうっていうアメリカの製作スタジオがあったっておかしくはない。

 それくらい「マヤの秘密」は意外性に富んだ作品だった。時代は1950年代後半。郊外の住宅街に医師の夫と息子の3人で暮らすマヤ(ノオミ・ラパス)は、息子を遊ばせていた近所の芝生で聞き覚えのあるおぞましい音を耳にする。その男(ジョエル・キナマン)が飼い犬を呼ぶ指笛の音は、マヤに過去の悪夢を思い出させた。その日は男の姿を見失ってしまったマヤだが、再び彼を目撃した彼女は、男の後をつけて顔と住所を確認する。顔面蒼白になって脅えるマヤとこの男とは、いったいどんな接点があるのか。

 と、この冒頭だけでも何やら不穏な空気が漂うが、この先の展開が何ともすさまじい。マヤは男を待ち伏せするや、車の故障を装って男を襲い、自宅に連れ帰って地下室に監禁する。そして身の毛もよだつような拷問を加えるのだ。やがて15年前にマヤの身に起こったむごたらしい体験が徐々に明らかになって、なぜ男を責め続けるのかが徐々に提示されていくのだが、ここでは詳細について触れることは避けたい。

 ただ一つ言えるのは、彼女の悪夢は第二次世界大戦中のナチスドイツによるホロコーストに起因しているということだ。自分はスイス人だという男は「人違いだ」と主張し、マヤは「間違いない」と自白を迫る。ついには夫(クリス・メッシーナ)や男の妻(エイミー・サイメッツ)も絡んできて、さらに緊迫の度合いを増していく。果たして彼は、本当にマヤの過去にかかわっているその男なのか。

 もともと脚本を読んだ主演のラパスがこの物語にほれ込み、自ら製作総指揮を買って出て、イスラエル出身のユヴァル・アドラー監督に演出を依頼。ほかの出演者のオファーにもかかわっている。スウェーデンの生まれで、「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」(2009年、ニールス・アルゼン・オプレブ監督)の主役を演じて評判を取って以降、ハリウッド映画でも活躍するラパスだが、ここまでこの作品に入れ込んでいるというのもまた意外な気がする。

 というのもこのマヤなる女性、ちょっと常軌を逸した激しさなのだ。男が「頭のおかしい暴力女」と叫ぶ表現がまさにぴったりで、自分は無関係だと懇願する男に「認めない限り生きては帰れない」と鬼の形相で責めまくる。古今東西、拷問映画は数々あれど、ここまで女性が怒気狂気を伴って責めさいなむ場面はめったにお目にかかれないのではないか。それほどホロコーストというのは深層心理の奥の奥にまで傷を残し、人格を破壊してしまうくらい凶悪な犯罪だった、という強いメッセージが感じられる。

 と言って、さすがはアメリカ映画だけあって、単に教条的な反戦映画というだけではない。サスペンスや謎解きといった娯楽の要素もたっぷりと入れ込んであるし、モノクロで表現されるマヤの悲惨な体験など、映像的な試みも見受けられて、アドラー監督の工夫の跡が見て取れる。

 あっと驚くラストも含め、ホロコーストを題材に、よくぞここまで大胆な映画を作ったなというのが率直な感想だ。全く先の読めない展開、はらはらさせる鮮やかな手法、そして見る者にも痛みを強いる表現と、作り手の本気度がひしひしと伝わってきた。(藤井克郎)

 2022年2月18日(金)から、新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサなど全国で順次公開。

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アメリカ映画「マヤの秘密」から。男(右、ジョエル・キナマン)を責め続けるマヤ(ノオミ・ラパス)だが…… © 2020 TSWK Financing and Distribution, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

アメリカ映画「マヤの秘密」から。マヤ(右、ノオミ・ラパス)は郊外の住宅街で、夫と息子と穏やかに暮らしていたが…… © 2020 TSWK Financing and Distribution, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.