「護られなかった者たちへ」瀬々敬久監督
瀬々敬久監督に初めて取材で会ったのは1996年のことだ。瀬々監督は当時、成人指定のピンク映画を手がけながら、一般劇場での上映や海外映画祭への出品、さらにはもっと若い世代の自主映画作家との交流など、積極的にピンク映画の幅を広げようとしていた。監督作もピンクの枠組みから外れた革新的なものが多く、佐藤寿保、佐野和宏、サトウトシキの各監督と並んで「ピンク四天王」と呼ばれ、先鋭的な映画ファン注目の的だった。当方も、今は亡きシネマ有楽町(のちの銀座シネ・ラ・セット)で四天王の特集上映をやったときに瀬々監督のデビュー作「羽田へ行ってみろ そこには海賊になったガキどもが今やと出発を待っている」(1989年、原題「課外授業 暴行」)を見ているが、うーん、これもピンク映画かあ、と大いに戸惑いを覚えた記憶がある。
何しろピンク専門館からは「四天王の作品はスケベ度が足りなくて客が入らない」と敬遠されるほどで、そんな中から佐藤寿保監督が「藪の中」(1996年)で、サトウトシキ監督が「LUNATIC」「アタシはジュース」(いずれも1996年)で一般映画に進出。瀬々監督も、となっても不思議ではなかったが、本人は「アメーバのようにいろんなところに出没して上映できたら」と、あくまでもピンク映画の監督として自己実現を目指していた。このとき、ピンク四天王の作品を数多く製作していた国映の佐藤啓子専務(のちに同社社長)にも取材したが、「あんな小難しい映画ばっかり撮っている人に、誰が一般映画を撮らせようと思いますか」と一笑に付されたことを思い出す。
それから月日は流れ、今や瀬々監督は個性的なアート作品から娯楽性あふれる大作まで何でもござれの、まさに日本を代表する映画監督になった。2016年に「64-ロクヨン-前編/後編」の2部作が公開されたときも驚いたが、この「護られなかった者たちへ」を見て、ついにここまで来たかと、ちょっと感慨無量の思いにとらわれた。
原作は中山七里のミステリー小説で、こちとらこの本は読んでおらず、どこまで忠実かはわからない。ただ映画作品として、これほど大がかりで起伏に富んで文句なしに面白いものに仕上げたということには、もう単純に、すげえな、というのが正直なところだ。
東日本大震災から9年がたった仙台で、全身を縛られたまま餓死させられるという凄惨な殺人事件が相次いで発生する。9年前に津波で妻子を失った刑事の笘篠誠一郎(阿部寛)は、若手の蓮田智彦(林遣都)とともに捜査に当たるが、被害者はいずれも人格者として周囲の人望の厚い人物だった。ちょうどそのころ、放火の罪で服役していた利根泰久(佐藤健)が刑期を終えて出所していた。
映画は、現在の連続殺人事件の謎解きと、大震災直後の記憶とを交錯させて描き、追う者、追われる者それぞれの思いをきっちりと掘り下げていく。9年前に笘篠が避難した小学校には利根も逃げてきていて、天涯孤独の利根は、1人暮らしの年老いた遠島けい(倍賞美津子)と、震災で親を亡くした少女のカンちゃんと3人、まるで家族のように肩を寄せ合って暮らし始める。だが……、というところから事件の鍵が浮かび上がってくるのだが、この千変万化のミステリアスな構成には実にわくわくどきどきさせられた。
それ以上に驚いたのが、映像ならではの表現力と豪華出演者による演技合戦で、これぞ監督の力量が発揮される映画の醍醐味に違いない。何よりも津波被害の再現ぶりに圧倒される。どこの町でロケをしたのか、あるいは何もないところにロケセットを組んだのか、あそこまで広範囲に瓦礫を配するなんて相当なものだ。ちゃんと海辺の雰囲気も出ているし、小学校の避難所なんか大量のエキストラを動員して、多くの避難者がひしめき合っている様子をリアルに描写している。しかも震災直後から復興が進んだ現在までの過程も表現していて、相当な知恵と予算をつぎ込んでいることがうかがえる。空撮を駆使したカメラワークも見ごたえ十分だ。
一方の出演者に関しても、こんなに贅沢な配役は最近ではないんじゃないかと思うくらい、ほんのちょっとした役に主役級を惜しげもなく投入している。吉岡秀隆や永山瑛太、緒方直人は、最初は「えっ」とびっくりするような登場だし、井之脇海、西田尚美、原日出子、三宅裕司など、これだけ? というくらいなのに、非常に強烈な印象を残す。
もちろん一番の見どころは、阿部寛と佐藤健の堂々たる対決なんだけど、もう一つ特筆すべきなのが、ヒロインを演じる清原果耶の自然な存在感だ。高校生のころと仕事に就いてからの現在とを、本当にその年齢であるかのように微妙に違う顔で演じているし、とにかく出てくるシチュエーションごとに表情が変わっていて、まあ見事というか、若いのにとてつもない女優さんだなというのが正直な感想だ。NHK連続テレビ小説の「おかえりモネ」でも、その片鱗を見せてくれるが、この映画を見たら、将来はとんでもない大物になるという確信が持てるんじゃないだろうか。
かてて加えて生活保護の問題や震災後の人心荒廃など、社会的なテーマにも真っ正面から向き合っていて、娯楽大作であると同時に非常に志の高い映画になっている。瀬々監督にはその後、2017年にアダルトビデオを題材にした「最低。」で2度目のインタビューをしているが、「映画監督でそんなにいい時期が続いている人はいないですよ。60歳を過ぎた映画監督って少ないから、僕もそろそろやばいだろうなと思っています」と自虐気味に語ってくれた。いやいやいや、もう61歳になったけど、監督の出番はまだまだ減りそうにない。(藤井克郎)
2021年10月1日(金)、全国公開。
©2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会
瀬々敬久監督作「護られなかった者たちへ」から。佐藤健(左)と阿部寛の男の対決が見もの ©2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会
瀬々敬久監督作「護られなかった者たちへ」から。ヒロインを演じた清原果耶の演技にも注目だ ©2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会