「へんしんっ!」石田智哉監督
今でこそ若手監督の腕試しの場は数限りなくあるけれど、かつては映画作家の登竜門と言えば、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)くらいしかなかった。ここから森田芳光、石井岳龍、黒沢清、園子温といった日本映画を代表する俊英が次々と巣立っていったのはご存じの通りだが、1977年の第1回から44年たった今も大切な役割を担い続け、多くの若者の目標になっているというのは、変化の激しい世の中にあっては驚くばかりだ。しかもこのPFFアワードの応募には何ら制限がなく、長編であろうが短編であろうが、実写、アニメーション、ドキュメンタリーとジャンルを問わず、すべての作品を公正に審査していて、その真摯な姿勢には頭が下がる。
第42回だった昨年2020年も、コロナ禍にもかかわらず、国立映画アーカイブを会場に、席数を絞りながらきっちり観客を入れ、例年とほぼ変わらぬスタイルで開催された。当方は残念ながら2つのプログラムの4作品しか見にいけず、前年に全8プログラムを制覇した身としてはちと寂しかったが、密を避けつつも何とか若手を盛り立てたいという主催者側の意気は十分に感じることができた。
その「PFFアワード2020」でグランプリに輝いたのが、石田智哉監督の「へんしんっ!」だ。上映は見逃したものの、9月25日に行われた表彰式に参加して、車いすで登壇した石田監督が、最終審査員の大森立嗣監督からうれしそうに表彰状を手渡される姿を取材した。「作っていてすごく楽しかった」と語る石田監督に対して、大森監督が「映画を作る楽しみが画面全体から伝わってきた。とにかく興奮しました」と評していたのを聞いて、何としても見てみたいと思ったものだった。
その後、マスコミ試写会で目にした「へんしんっ!」は、確かに映画づくりの喜び、もっと言えば表現するということの根源に触れるような作品で、なるほど大森監督が興奮したのももっともだと納得した。
電動車いす生活を送る石田監督が、さまざまな障害を抱えた表現者に会いに行き、稽古を見たり話を聞いたりして、表現することの可能性を探っていくのだが、何しろ監督自身がカメラの前に出て、ぐんぐん取材相手に迫っていく。監督だけでなく、録音や撮影として参加している同じ立教大学映像身体学科の学生仲間もどんどん登場して、監督と議論を重ねたり悩みを打ち明けたりする。そんな映画づくりの裏側まで盛り込んでいるのが斬新で、制作過程の一部始終をとらえることで、障害者だけでなくあらゆる人の創作活動の根っこが浮き彫りになってくる。
石田監督が会いにいった表現者は、障害者のライブパフォーマンスなどさまざまな創作表現を模索している振付家の砂連尾理さんに、手話劇に取り組む聾者の佐沢静枝さん、バリアフリー演劇の舞台で活躍する全盲の美月めぐみさんら、実に幅広い。それぞれの障害によって表現に困難を感じる部分は異なるし、視覚障害者と聴覚障害者はお互いの表現を体感できないジレンマがある。映画の中で、石田監督は「一人の暴君が作る」作品というものへの違和感を口にするが、果たして感じる部分が異なる人々が集まって一つの芸術作品に仕上げることはできるのか。その答えの一つとも言えるのが、この「へんしんっ!」という映画そのものであり、自然発生的に最高のライブパフォーマンスが生まれていく過程をつぶさにとらえたラストシーンは、奇跡の瞬間と言っていいかもしれない。
さらにこの作品のユニークな点は、「オープン上映」で劇場公開されるということだ。オープン上映とは、日本語字幕をスクリーンに投影し、音声ガイドをスピーカーから流して上映することで、耳の聞こえない人も目の見えない人も、あらゆる人が一緒に映画を楽しむことができる。マスコミ試写もこのオープン上映の形で披露されたが、音声ガイドはせりふと重なったりするものの全く邪魔にならない上に、目の見えない人はこうやって映画を楽しむんだと気づくこともできた。映画の中で、視覚障害者の美月さんが「映画を見る」と話しているが、なるほどこれも「見る」行為なのだろうし、この映画はオープン上映を含めて、一つの完成した作品と言えるのかもしれない。まさに五感を研ぎ澄ませて体験するのが映画なのだとの思いを強くした。
それにしても、こんな根源的な深い作品を発掘してグランプリに選んだPFFの慧眼には恐れ入る。これぞまさに無制限のコンペティションだからこその恩恵で、石田監督にはぜひ今後も「みんなで補い合って表現する」可能性を追求していってもらいたいものだ。(藤井克郎)
2021年6月19日(土)から、ポレポレ東中野、シネマ・チュプキ・タバタなど、全国で順次公開。
©2020 Tomoya Ishida
石田智哉監督作「へんしんっ!」から。表現の可能性について追求する石田監督(右)は…… ©2020 Tomoya Ishida
石田智哉監督作「へんしんっ!」から。耳の聞こえない人も目の見えない人も車いすの人も、みんなが一体となって表現する ©2020 Tomoya Ishida