「くれなずめ」松居大悟監督

 一人でやっているから別に何の縛りもないんだけど、このミッドナイトレビューのコーナーは、なるべく作品が公開される前日の夜に掲載することにしている。自分だったら誰かの記事を目にしてその映画に興味を持ったなら、すぐにでも見たいと思う方だし、かと言ってせっかくマスコミ試写会で見せてもらっているのに、劇場公開後に載せるのでは意味がない。ベストタイミングは、記事を読んだらすぐ次の日には映画館に行くことができる封切り前夜だろう、と勝手に思い込んでいる。

 以前は映画の初日と言ったらたいてい土曜日だったが、最近は金曜がのしてきて、どちらかというと土曜は少数派になっている。そんなわけで、記事の掲載も木曜深夜の場合が多いんだけど、今回は珍しや、火曜日だ。

 実はこの「くれなずめ」、当初の予定ではゴールデンウイークが始まる4月29日(木)祝日からの公開だったが、25日(日)に新型コロナウイルスの緊急事態宣言が東京都や大阪府などに発令されたため、延期が決定。今週になって急遽、5月12日(水)からの上映が発表された。緊急事態宣言の延長で、東京都では引き続き床面積の合計が1000平方㍍を超える映画館には休業要請、それ以下には休業の協力依頼をしているが、だからと言って全国の劇場で公開を見合わせる必要はないという判断か。何はともあれ、少しでも早くこのすてきな作品に触れることができるというのは喜ばしい限りだ。

 作品はというと、松居大悟監督お得意の青春群像劇のスタイルを取りつつ、どの世代にも通じるほろ苦くて、甘酸っぱくて、ちょっと切ない映画になっていた。

 高校時代、一緒につるんでいた吉尾(成田凌)、欽一(高良健吾)、明石(若葉竜也)、ソース(浜野謙太)、大成(藤原季節)、ネジ(目次立樹)の6人は、友人の結婚式で余興を披露するため、久々に顔を合わせる。披露宴当日、余興で大いに滑った6人は、二次会までの暮れなずむ時間をぷらぷら道端を歩きながら、高校時代の思い出やそれぞれの現在の暮らしぶりで盛り上がるが、その場の空気にはどこか違和感があった。みんなが胸に秘めながら、でも誰一人として言い出すことができなかったあることとは……。

 違和感の正体は意外と早く明かされる。だがその秘め事がばらされても、松居監督の巧みな構成力と若手の芸達者6人が交わす当意即妙のやりとりが見事で、ちっとも興ざめにはならない。特にある同じ場面の再現で、1回目と2回目ではせりふも演出もちょっとずつ違っている仕掛けなんて、まさに映画ならではの魔法にあふれていて、圧倒的な情感が胸に迫ってくる。うーん、何のことかさっぱりわからないかもしれないけど、「違和感」についてこれ以上のネタばらしをするわけにはいかないんだよね。

 松居監督は、中学のころは漫画家を目指していたが、大学で演劇サークルに入り、2008年に劇団ゴジゲンを結成。東京・下北沢を中心とした公演は高い人気を集めるかたわら、テレビドラマの脚本に映画の監督にミュージックビデオの演出にと、多岐にわたって活躍を続けている。

 舞台は残念ながらまだ見たことがないんだけど、上演が中止になった芝居をモチーフにした映画「アイスと雨音」(2017年)のときに松居監督にインタビュー取材をしたことがあって、演劇と映画それぞれの魅力について語ってくれた。映画は「これを舞台で描くには限界があるなと思った題材をやることが多い」と話す一方で、「映画っぽい映画や舞台っぽい舞台はあんまり好きじゃない」と言っていた。確かに「アイスと雨音」なんて74分をワンカットの超長回しで撮りながら、時間や空間を自在に超越した画期的な作品だったもんなあ。

 今回の「くれなずめ」も、もとは2017年にゴジゲンで上演した舞台だそうだが、移動カメラによる長回しの多用、過去の思い出の挿入など、映像的な工夫が随所にちりばめられている。CGを駆使した遊びの映像なんか、いかにも映画的な爆発力があって、見事に度肝を抜かれた。演劇人が映画を撮ると、風景だけはあっちこっちに飛ぶんだけど、結局は会話のやりとりからちっとも広がらないという作品がままあるが、さすがマルチな世界観を持つ松居監督は違うなと大いに舌を巻いた。

 今度はぜひゴジゲンの芝居も見てみたいものだが、演劇界も映画界同様、コロナ禍では大いに打撃を受けた。映画館も芝居小屋も、この苦境をどうかみんな無事に乗り切ってほしいと思わずにはいられない。(藤井克郎)

 2021年5月12日(水)、テアトル新宿など全国で公開。

©2020「くれなずめ」製作委員会

松居大悟監督作「くれなずめ」から。結婚披露宴帰りの悪友6人組は…… ©2020「くれなずめ」製作委員会

松居大悟監督作「くれなずめ」から。披露宴の帰り道、吉尾(左、成田凌)は同級生のミキエ(前田敦子)に声をかけられる ©2020「くれなずめ」製作委員会