「NO CALL NO LIFE」井樫彩監督
ホリプロと言えば、かつては「伊豆の踊子」(1974年、西河克己監督)や「古都」(1980年、市川崑監督)といった山口百恵主演の文芸作品を手がけるなど、芸能プロダクションとしては割と早くから映画製作に乗り出していた。近年も「勝手にふるえてろ」(2017年、大九明子監督)、「娼年」(2018年、三浦大輔監督)などの話題作にかかわっているが、その60周年記念映画が「NO CALL NO LIFE」だ。
主演は、どちらもホリプロ所属の優希美青と井上祐貴の「Wゆうき」コンビ。優希はNHK朝ドラの「あまちゃん」(2013年)や映画「ちはやふる-結び-」(2018年、小泉徳宏監督)など幅広く活躍しているし、井上も2019年放送のテレビ東京「ウルトラマンタイガ」で主演を務めているほどなんだけど、60周年記念とぶち上げる割には、何となく地味な感じは否めない。2人とも若い子らには結構な人気なんだろうなと、老境に入った身としてはただ想像を巡らせるしかない。
と同時に注目したいのは、メガホンを取ったのが井樫彩監督ということだ。1996年生まれの井樫監督は、東放学園映画専門学校の卒業制作で撮った短編「溶ける」(2016年)が、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)やなら国際映画祭での受賞に続いて、2017年のカンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門(学生映画のセレクション)に選出。2018年には初の長編映画「真っ赤な星」が劇場公開されるなど、将来を嘱望される期待の星なのだ。
当方も「真っ赤な星」の公開前にインタビューしたが、当時はまだ22歳ながら全く物おじすることなく才気をほとばしらせていて、大いに頼もしく感じたものだった。特に印象に残っているのが「今の年齢でないとできない表現がある」と言っていたことで、10代の少女の揺れる思いをかなり生々しく切り取った作品だっただけに、その言葉には大いに説得力があった。
将来的には「壁ドンみたいなのも撮ってみたいという気持ちはある」と話していたが、この「NO CALL NO LIFE」で意外と早く実現したのかなという気がする。と言っても、決して甘いだけの青春アイドル映画ではない。キュンとなるような描写は頻々と出てくるものの、背後には児童虐待やら育児放棄といった現代社会にはびこる深刻な問題が見え隠れする。
原作は壁井ユカコの同名小説。両親がおらず、伯父夫婦に育てられた高校3年生の有海は、幼いころの記憶が抜け落ちていて、何か真面目にならないといけない場面ではいつもへらへらしてしまう。そんな有海の携帯電話にある日、知らない男の子から留守番メッセージが入っていた。不思議な力に導かれ、有海は学校一の問題児、春川と出会い……。
有海を優希、春川を井上が演じ、有海と春川の恋模様と、過去と現在をつなぐ電話の謎とが絡み合うようにして進行する。いわば青春学園ものとSFミステリーと社会派ドラマが三位一体となったような作品で、青春ど真ん中にいる10代はもちろん、幅広い世代に楽しめる内容になっている。
この複雑な構成を、脚本も手がけた井樫監督は、変に奇をてらうことなく、かと言ってこんがらがるようなこともなく、クライマックスに向けて徐々に盛り上げてゆく。とりわけ情景描写のショットがすてきで、2人が初めて出会う突堤など上空からの引いた映像を多用して、幸福と不安の間で揺れる2人の気持ちをじっと見つめる。燃えるような恋の描き方もアイドル映画としては挑戦的で、井樫監督の本気度が見て取れる。
3月1日には池袋HUMAXシネマズで完成披露上映会が開かれ、優希や井上ら若い出演者とともに井樫監督も舞台挨拶に登壇した。どことなく照れたようなそぶりの井樫監督は、みんなで一緒に作り上げたクリエイティブな現場だったと認めつつ、「その役を本人たちがやる以上、本人たちの人生もかかわってくると思うので、美青ちゃんはどう思うの? 井上くんはどう? と聞きながら作り上げていった感覚です」と振り返る。
まだ20代半ばにしてホリプロの記念映画をこなした姿には、すでに大物の風格すら漂う。次回作もますます楽しみになってきた。
2021年3月5日(金)、テアトル新宿など全国で公開。
Ⓒ2021 映画「NO CALL NO LIFE」製作委員会
井樫彩監督作「NO CALL NO LIFE」から。不思議な電話に導かれた有海(右、優希美青)と春川(井上祐貴)は…… Ⓒ2021 映画「NO CALL NO LIFE」製作委員会
井樫彩監督作「NO CALL NO LIFE」から。思い出の花火をする有海(右、優希美青)と春川(井上祐貴)の2人だが…… Ⓒ2021 映画「NO CALL NO LIFE」製作委員会
完成披露上映会には、主な出演者とともに井樫彩監督(左端)も登壇した=2021年3月1日、東京都豊島区の池袋HUMAXシネマズ(提供写真)