「パピチャ 未来へのランウェイ」ムニア・メドゥール監督
あまりなじみのない国の映画は、それだけで出合いの喜びがある。ましてやそれが予想外に刺激的でスタイリッシュだったと来た日には、もう黙ってはいられないよね。
「パピチャ 未来へのランウェイ」は、フランス、アルジェリア、ベルギー、カタールの合作による2019年の作品という事前情報だけで見た。冒頭、女の子たちが濃い目の化粧に派手に着飾ってナイトクラブで騒いだ後、ほろ酔い加減の上機嫌で闇営業のタクシーに乗り込む。これだけだったら、ハリウッド映画にもよくある今どきの青春ものかなと勘違いしてしまうくらいだ。
でも舞台は1990年代のアルジェリア。へえ~、北アフリカのイスラム圏の国でも、こんな自由があったんだ。と思って見ていたら、この自由は弾圧と紙一重のところにあることが徐々にわかってくる。
女子寮に住む大学生のネジュマ(リナ・クードリ)は、ファッションに興味のある現代的な女の子で、将来はデザイナーを夢見ていた。だが世の中は次第に不穏な空気に包まれてきていて、街角や大学構内には、「女の正しい服装」として頭から黒い布をすっぽりとかぶった女性が描かれたポスターがペタペタと貼られている。
そんなある日、ジャーナリストの姉が、テロリストの女に殺される。ネジュマは、姉との思い出がいっぱい詰まったハイクというアルジェリア伝統の布地を使って、大学寮でファッションショーを開くことを決心する。ちなみにタイトルの「パピチャ」とは、アルジェリアの俗語で「愉快で魅力的で常識にとらわれない自由な女性」という意味だそうだ。
このハイクによるファッションと黒ずくめの衣服の対照が印象的。ハイクは、透明感のある真っ白いふわっとした生地で、ネジュマはこのハイクをさまざまにアレンジして、カラフルでファッショナブルな着こなしをデザインする。そのあでやかさ、優雅さはパリコレにも負けないほどで、素朴な布1枚でここまで創造的な服が作れることに感動すら覚える。ネジュマは、保守的なボーイフレンドにおびえるワシラ(シリン・ブティラ)や、家族に内緒で恋人の子を宿したサミラ(アミラ・イルダ・ドゥアウダ)ら寮の仲間に手伝ってもらって、ファッションショーの準備を進めていく。
だが時代は、彼女たちの自由を認めてはくれなかった。アルジェリアの1990年代は「暗黒の10年」と呼ばれ、内戦が勃発し、テロが横行。イスラム武装集団と軍部などが争いを繰り広げる混乱の時代で、開明的な大学生たちは格好のテロの標的になっていた。果たしてネジュマたちは、無事にファッションショーを開くことができるのか。
監督を務めたのは、アルジェリア内戦のときに家族とともにフランスに移住し、ジャーナリズムと映画を学んだ女性のムニア・メドゥール。これまでにドキュメンタリーや短編映画を手がけているが、長編映画はこれが初監督作になる。この作品は、昨年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に選出されたほか、フランスで最も栄誉ある映画賞のセザール賞で新人監督賞を受賞している。
それにしても、ここに描かれていることは決して過去の遠い国の話では済まされない現実味をはらんでいる。今でも同じような状況は世界各地で見られるだろうし、わが国もぼやぼやしていると、いつこうなってしまわないとも限らない。映画では決して宗教の側面だけを描いているわけではなく、メドゥール監督が最も訴えたいのは女性差別、男権主義の恐怖であり、それはいつの時代にも、どこの国にも存在するものなのだ。
この映画でも、男性の登場人物はほぼすべて、さらに女性の多くも男権主義の世の中の趨勢を是認する。それがこの国の伝統だから、イスラムの教えだからという理由で、自分で深く考えもせず時流に乗っかる。それがいかに恐ろしいことか。ここで何か行動を起こさないと、いつの間にかささやかな趣味さえも持てなくなるんだよ。1990年代にちょうど多感な少女時代を過ごした監督の心からの叫びが聞こえてくるようだ。
といって、決してゴリゴリの社会派作品というわけではない。ハイクファッションの美しさに加えて、大学生を演じる女性たちの生き生きとした表情の輝きは必見で、あえて彼女たちに肉薄しようとした手持ちカメラによる超クローズアップショットの連続は見応え十分。暗黒の時代を脱したとはいえ、アルジェリアではこの作品はまだ公開されていない。日本で鑑賞できる幸せを存分にかみしめたいものだ。(藤井克郎)
2020年10月30日(金)から、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町など全国で順次公開。
© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC
フランス・アルジェリア・ベルギー・カタール合作映画「パピチャ 未来へのランウェイ」から。女子大学生らの苦悩と奮闘が描かれる © 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC
フランス・アルジェリア・ベルギー・カタール合作映画「パピチャ 未来へのランウェイ」から。果たしてファッションショーは開かれるのか © 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC