「彼女は夢で踊る」時川英之監督
「彼女は夢で踊る」のことは当初、4月9日(木)に書くつもりだった。東京での公開初日は4月10日(金)と決まっていて、宣伝会社に場面写真の依頼までしたのだが、そのタイミングで公開が延期になった。新型コロナウイルスの感染防止のため、東京や大阪など7都府県に緊急事態宣言が出されたのが4月7日(火)。それ以降、東京の映画館はすべて自粛を余儀なくされ、公開を予定していた映画はいつ封切られるのか、全く予測がつかない事態に追い込まれてしまった。
その後、5月25日(月)に緊急事態宣言が解除。徐々に映画館は再開したものの、延期となった作品の中には、いまだ初日の日程が出ていないものも多い。この映画はようやく10月23日(金)に全国にお披露目されることになったが、まずは喜ばしい限りだ。
実はこの作品、広島在住の監督が手がけた広島のご当地映画で、広島ではすでに2019年7月に先行公開されている。先行公開から本公開まで1年以上のタイムラグがあるというのも異例のことではないか。
舞台は、広島市の歓楽街、薬研堀に実在するストリップ劇場の広島第一劇場。老朽化で閉館が間近に迫っているこの劇場のラストステージに出演するため、踊り子たちが次々とやってくる。社長の木下(加藤雅也)は顔なじみのダンサーを迎え入れるが、中に見かけない一人の若い踊り子の姿を認める。ちょっと謎めいた彼女と接するうち、まだ駆け出しの見習いだった時分に出会ったサラ(岡村いずみ)のことを思い出していた。
映画は、若かりし頃の木下(犬飼貴丈)と現在の思いを交錯させながら、ストリッパーと観客との活気あふれるふれあいなど、ストリップ文化の栄枯盛衰をロマンチックに織り上げる。中でもステージの場面は永久保存版の映像美で、客席の表情と踊り子の舞いを、得も言われぬ陰影の妙で映し取る。劇場の古めかしさとも相まって、これぞストリップといえるイメージを創出していた。
何よりも注目すべきは、サラを演じた岡村の見事さだ。映画には矢沢ようこら現役ストリッパーも登場するが、岡村は相当な特訓を受けたのだろう。まるで本物のダンサーとしか思えない踊りと、まさに映画女優ならではの豊かな表情とで、物語をぐんぐん引っ張っていく。初登場のバーでのエロいしぐさから始まって、川べりでのチラ見せダンスに堂々としたステージと、若い木下のハートを一瞬で射抜いたのも無理はないと思えるほど、なまめかしくも美しい。この手の映画では、行くぞ行くぞと見せかけて肝心要をすっ飛ばすことがよくあるが、川べりもステージも徹底して見せ切る。よくぞここまで完遂させたものだと岡村の女優魂に感服するとともに、とにかく美しく撮ろう、温かく撮ろうという時川英之監督の一途な思いがひしひしと伝わってきた。
時川監督は、2015年の映画「シネマの天使」でも、広島県福山市に実在した映画館、シネフク大黒座を舞台に、消えてゆく場所への愛惜の情をファンタジー色たっぷりに描いた。大黒座は本当に取り壊されてしまったが、広島第一劇場は、今のところまだ生き残っているらしい。「彼女は夢で踊る」を見たら、絶対になくしてはいけない空間だとの思いを誰もが強く抱くに違いない。(藤井克郎)
2020年10月23日(金)から、新宿武蔵野館など全国で順次公開。
Ⓒ2019 映画「彼女は夢で踊る」製作委員会
時川英之監督作品「彼女は夢で踊る」から Ⓒ2019 映画「彼女は夢で踊る」製作委員会
時川英之監督作品「彼女は夢で踊る」から Ⓒ2019 映画「彼女は夢で踊る」製作委員会