「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」クエンティン・タランティーノ監督
クエンティン・タランティーノ監督とは、長編第1作「レザボア・ドッグス」(1992年)の公開前の1993年2月に取材で会ったことがある。今でこそ巨匠感が漂うが、当時は映画が大好きなそこいらのあんちゃんといった風情で、ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭(北海道夕張市)で一緒の宴席になり、アニメ「マッハGoGoGo」の主題歌をカラオケで熱唱していたひょうきんな姿が忘れられない。
東京に戻ってから行われたインタビューでも、米ギャング映画のこと、日本のやくざ映画のこと、ポップカルチャーのことなど、速射砲のようにしゃべりまくってくれた。そのとき、ジョー・ダンテ監督に言われたとして紹介してくれたのが、映画好きには2種類いて、ありとあらゆる映画が好きな奴と、自分の好きな映画が好きな奴とに分かれるという言葉だ。「僕はあらゆる映画が好きな方で、自分の頭の中で、あの映画のこのシーンと、この映画のここを組み合わせたら、なんてシミュレートしている。映画は共通の言語であり、映画を見ることで世界市民の一員になれた気がするんだ」とうれしそうに語っていたことを思い出す。
タランティーノ監督の熱い映画愛は、25年以上たった今も変わってはいなかった。長編9作目に当たる新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、まさにありとあらゆる映画が好きな監督が作ったからこその傑作と言えるだろう。
舞台は1969年のロサンゼルス。落ち目のテレビ俳優、リック(レオナルド・ディカプリオ)の心の支えは、スタントマンでもある親友のクリフ(ブラッド・ピット)だった。大物エージェント(アル・パチーノ)からイタリア製西部劇への出演を持ちかけられ、クリフに迷いを打ち明けるリックだが、そんなある日、自邸の隣に今をときめく映画監督のロマン・ポランスキーと女優のシャロン・テート(マーゴット・ロビー)夫妻が引っ越してきたことを知る。
まずもってディカプリオとブラピの共演というだけで映画好きならワクワクさせられるが、ほかにも名優たちがちらっちらっと顔をのぞかせて、史実をなぞったハリウッドの夢物語を織り上げる。当時の時代再現も驚くほど見事で、全盛期のLAを彩ったゴージャスな映画館がバンバン出てくるし、その一つ、ウエストウッドのブルーイン劇場をシャロンが訪れ、自分がディーン・マーティンと共演している「サイレンサー/破壊部隊」(1968年、フィル・カールソン監督)を見るといった仕掛けには、思わずにんまりとさせられる。リックがスティーブ・マックイーンの代わりに「大脱走」(1963年、ジョン・スタージェス監督)に出演しているシーンを妄想するに至っては、よくぞこんなおふざけが実現できたものだと感心した。
ユーモアと華やかさに酔いしれながらも、でも映画好きは知っている。シャロン・テートはこの年の8月9日、チャールズ・マンソン率いるカルト集団のメンバーによって、妊娠8か月の胎児ともども惨殺された。作品の中でも刻々とその日が近づいてくるし、マンソン・ファミリーが集団生活を送る牧場をクリフが訪れて対峙する場面なども出てくる。
だがタランティーノ監督は、映画の夢を断ち切ることはしない。最後の最後まで笑いを追求し、ありとあらゆる映画が好きな奴であることの強い意志を指し示す。ああ、自分も映画好きでよかった。そう思うと、ちょっと涙がこぼれ落ちた。(藤井克郎)
2019年8月30日、全国公開。
©2019 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.
映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」から。リック(左、レオナルド・ディカプリオ)とクリフ(ブラッド・ピット) ©2019 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.
映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」から。シャロン・テートを演じるマーゴット・ロビー ©2019 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.