「mid90s ミッドナインティーズ」(ジョナ・ヒル監督)

 ミッドナインティーズ、つまり1990年代半ばのことだが、そのちょっと後の97年4月から1年半、米ロサンゼルスで暮らしたことがある。産経新聞の社内留学制度で英語と映画の勉強をしに行ったのだが、幸運にもLA Weeklyというサブカルチャーを扱うフリーペーパーの編集部に研修生として潜り込むことができた。本場ハリウッドの生きた映画ジャーナリズムを直に体験したことは、今も貴重な財産になっている。

 渡米前は、ロサンゼルスは危険な街というイメージがあった。92年には、黒人のロドニー・キング青年への警察官による殴打事件に端を発した大規模な暴動が起き、コリアンタウンの商店が軒並み襲撃され、路上のあちこちで黒煙が上がっているニュース映像が強く印象に残っていた。到着した当初は街に出るのもおっかなびっくりで、暗くならないうちに帰宅するよう心がけていたが、しばらく過ごしてみると、おや、そんなにおっかない街でもなさそうだ。暴動の震源地となった黒人が多く住むサウスセントラル地域にもときどき出かけて、観客がほぼ黒人だけのシネコン、マジック・ジョンソン・シアターで映画を楽しんだりしたものだ。

「mid90s ミッドナインティーズ」は、90年代半ばのロサンゼルスを舞台にした少年の成長物語だ。「マネーボール」(2011年、ベネット・ミラー監督)や「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年、マーティン・スコセッシ監督)などに出ていた小太りの青年、ジョナ・ヒルの初監督作で、自身の半自伝的な作品だという。

 まだ幼さの残る13歳の少年、スティーヴィー(サニー・スリッチ)は、早く大きくなって高圧的な態度の兄を見返してやりたいと思っていた。ある日、スティーヴィーはスケートボードショップに出入りする少年グループと知り合う。ちょっと不良で、思いっきり自由を謳歌しているように見える彼らに憧れを抱いたスティーヴィーは、やがてスケートボードのとりこになっていく。

 このスケボー少年たちの個性豊かな面々がいい。リーダー格のレイは、ワルそうに見えてアルコールや薬物を乱用するメンバーに自制を促す役回りで、しかもスケートボードの腕前はプロ並みと、やたらかっこいい。演じるナケル・スミス自身、プロのスケートボーダーで、理知的でいかにも頭の回転がよさそうな面構えにほれぼれする。

 ほかにも目立ちたがり屋のファックシットに、ちょっととろいフォースグレードと、一人一人が際立ちながら、スティーヴィーの成長譚に絡む。とかく貧困街の少年たちというと、劣悪な環境に溺れてダメになっていく人間として描かれがちだが、この映画はステレオタイプに落とし込むことはしない。みんな真剣に自分なりの生き方を模索していて、そんな仲間たちの影響を受けてちょっとだけ大人になっていくスティーヴィーを、あくまでも優しいまなざしで見つめる。ヒル監督の温かい人間性がにじみ出ているのだろう。

 撮影は、実際にヒル監督が10歳のころから遊んでいたというスケートパークでも行われているが、街の風景などはダウンタウンの東側、イーストロサンゼルス地区で撮られているらしい。イーストロサンゼルスといえば、留学していた時分、危険だからあそこだけは行くなと言われていた地域だが、映画を撮影できるまで治安がよくなっているということだろうか。

 そういえば、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(2017年、ジョー・ライト監督)で特殊メイクを担当した辻一弘さん(現在はアメリカに帰化してカズ・ヒロ)が2018年に来日したとき、インタビューでイーストロサンゼルスに居を構えていると言っていた。ロサンゼルスは街がどんどん変わっていっていると話していたが、90年代は遠くなりにけり、ということかもしれない。(藤井克郎)

 2020年9月4日(金)、新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイントなど全国で公開。

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ジョナ・ヒル監督作「mid90s ミッドナインティーズ」から。スティーヴィー(右、サニー・スリッチ)は兄(ルーカス・ヘッジズ)を見返してやりたいと思っていた © 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

ジョナ・ヒル監督作「mid90s ミッドナインティーズ」から。スティーヴィーは仲間たちとともにスケートボードにのめり込む © 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.