「ソワレ」(外山文治監督)

 映画って素晴らしいなと思うのは、決して1つの観点だけでそのよさを感じるものではないということだ。ストーリーで感動する場合もあれば、映像がめちゃめちゃ美しくて涙がこぼれるときだってある。音楽に打ちのめされたり、撮影技術に驚いたり、それも映画を楽しむ要素の1つだろう。すべてがバランスよく構成されているというよりも、何かが際立って抜きん出ている方が強い印象が残るのは確かだ。

 この「ソワレ」という日本映画は、とにかく主役を演じる若い2人に圧倒された。

 1997年生まれの村上虹郎は、デビュー作の「2つ目の窓」(2014年、河瀬直美監督)から尋常ではない魅力があったが、「ディストラクション・ベイビーズ」(2016年、真利子哲也監督)、「銃」(2018年、武正晴監督)と経験を重ね、どんどん幅を広げていっている気がする。もはや俳優の村上淳と歌手のUAの子という出自で語るには失礼と言える力量だろう。

 一方の芋生悠は、このところ急速に存在感を増してきた実力派だ。村上と同じ1997年生まれで、2015年から役者を始めたが、19年の「恋するふたり」(稲葉雄介監督)、「JKエレジー」(松上元太監督)、「左様なら」(石橋夕帆監督)と、若手監督の意欲作でどんどん真価を発揮している。

「ソワレ」では、この2人が和歌山県を舞台に逃避行を続けるのだが、2人とも最初に登場するシーンと最後の方では本当に同じ人が演じているのかというほど、表情も雰囲気もガラッと違っている。役者魂というのはこういうことかと、改めて感銘を受けた。

 村上演じる岩松翔太は売れない役者で、オレオレ詐欺に手を染めるなどして何とか日々暮らしている。そんな中、翔太の所属する劇団が、海辺の町にある高齢者施設で演劇を教えることになった。その町は翔太の生まれ故郷で、気乗りのしないまま、夏のある日、劇団員とともに施設を訪れる。そこには、無表情で物静かに働く山下タカラという若い女性がいた。

 この山下役が芋生で、最初はどこにいるのかもわからないくらい、単なる風景と化している。翔太とも全く絡まないし、介護の仕事にやりがいがあるのかどうか、劇団が来て楽しいのかどうかも不明だ。ところが夏祭りの日、劇団員で花火を見にいくことになり、山下さんを呼んできて、と翔太が頼まれたことから、物語はいきなり動き出す。

 ここで起きる衝撃的な出来事までの一連のシーンが、テンポ感といい、映像の工夫といい、そして何よりも2人の演技といい、思いっ切り引きつけられる。畳みかけるように荒々しいショットが続き、一気に高揚感をかき立てる。この大胆な演出に見事に応えた芋生の自在ぶりがまた最高で、ひとときも目が離せない。

 そうして2人の逃避行が始まるのだが、暗い過去を引きずって不安と悲しみをたたえつつ、でもどこかで翔太にすがりたいという思いがにじみ出る芋生の表情といったら。一言、すごいとしか言いようがない。

 対する村上も、山下への思いをはっきりと自覚していない翔太という難役を無理なく演じていて、大いに魅せきる。これが長編第1作となる外山文治監督は、時には夜の浜辺でたたずむ2人をシルエットでとらえ、時には2人の激しいやりとりをアップで迫り、と変幻自在に2人の熱演を引き立てる。若い役者の輝く瞬間を一瞬たりとも逃さないという思いが強く伝わってきて、監督の意欲も相当なものだなと感じた。

 もう1つ、この作品は俳優の豊原功補、小泉今日子らが外山監督とともに設立した新世界合同会社が初めてプロデュースした映画でもある。豊原と小泉が外山監督の手がけた短編を見て、その才能に惚れ込んでプロデュースを買って出たらしい。なるほど、役者の嗅覚が働いて、だからここまで役者の魅力を前面に出した作品ができたんだなと納得した。

 小泉には2016年、映画「ふきげんな過去」(前田司郎監督)で主演を務めたときにインタビューしたが、舞台の制作に乗り出すなど「50歳を過ぎて残り時間があまり長くないんだなと意識したら、今しかできないことはやっておこうという気になった」と打ち明けてくれた。映像作品の制作に特化した新世界合同会社の今後の動きに、要注目だ。(藤井克郎)

 2020年8月28日(金)、テアトル新宿、テアトル梅田など全国で公開。

©2020ソワレフィルムパートナーズ

外山文治監督作品「ソワレ」から。翔太(右、村上虹郎)と山下(芋生悠)の逃避行は…… ©2020ソワレフィルムパートナーズ

外山文治監督作品「ソワレ」から。主役の1人、山下タカラを演じる芋生悠 ©2020ソワレフィルムパートナーズ