「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」(ファティ・アキン監督)

 最近は4D上映と言って、座席が動いたり、風が吹いてきたりして、全身で楽しめるものも登場してきているが、映画は基本、視覚と聴覚で味わう芸術だ。作り手は、その限られた情報の中でさまざまな工夫を凝らし、観客の想像力をかき立てる。よだれが出るほどおいしそうな料理や、すがすがしい自然の空気、脳天に抜けるような激痛など、なんでこんなにリアルに感じることができるんだろうと、表現力に長けた映画を見るたびに感心させられる。

 トルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督が実話を基に映画化した「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」は、映像と音声だけで悪臭まで再現した、まさに五感に訴えかけるすさまじい作品だった。舞台は1970年のハンブルク。ボロアパートの屋根裏部屋に住むフリッツ・ホンカ(ヨナス・ダスラー)は、夜な夜な怪しげなバーに通っては女たちに声をかけるが、醜い容姿のため、誰も相手にしてくれない。ようやく酔っぱらいの中年女、ゲルダ(マルガレーテ・ティーゼル)を自室に連れて帰るが……。

 この自室の描写がすごい。狭っ苦しい屋根裏は日中でも暗くて湿っぽく、あらゆる場所にものがあふれ返る。薄汚いベッドに何日も洗っていないような服が散乱する中、フリッツはとっかえひっかえ太った年増の娼婦を連れ込んでくる。「くさいわね」と鼻をつまむ女に、フリッツは「下の階に住むギリシャ人の料理だ」とうそぶくが、何の匂いかおおよその察しはつく。だって本当に匂ってくるんだから。

 そんな錯覚を起こしそうなほど汚れまくった部屋を再現した美術スタッフの手腕と、フリッツを演じたダスラーのなりきりぶりは見事というほかない。ダスラーは現在23歳の期待の若手だが、どう見ても社会から落ちこぼれたわびしい中年男にしか思えない。特殊メイクに3時間もかけて、実在した連続殺人鬼そっくりに変身したそうだけど、年増の娼婦たちといい、よくぞここまでという演技に目を見張った。

 と同時に、サスペンスやバイオレンスなどエンターテインメントの要素もたっぷりで、暗闇の夜道で繰り広げられるラストのハラハラドキドキの展開から、一気に大どんでん返しに持っていくところの爽快感は、さすがはカンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭で受賞を重ねているアキン監督だけのことはある。前作の「女は二度決断する」(2017年)と同様の鋭い切れ味に、大いに留飲が下がった。

 一方で、これまでのアキン作品は自身の出自である移民の影を色濃く反映していたが、今回はドイツ人でも底辺にうごめく人々に焦点を当てて、社会の不条理に敷衍する。貧しくみじめなのは別にフリッツに限ったことではなく、バーに集うのは男も女もいわくありげな連中ばかり。ごみ溜めのような環境での暮らしには希望など持てず、誰が殺人鬼になってもおかしくはない。そんな監督の皮肉な味つけも、画面の隅の方からほのかに匂ってきた。(藤井克郎)

 2020年2月14日から、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館などで順次公開。

© 2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathé Films S.A.S./Warner Bros. Entertainment GmbH

ドイツ映画「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」から。夜な夜な怪しげなバーに通うフリッツ(ヨナス・ダスラー)は…… © 2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathé Films S.A.S./Warner Bros. Entertainment GmbH

ドイツ映画「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」から。フリッツ(右、ヨナス・ダスラー)はバーにいたゲルダ(マルガレーテ・ティーゼル)を連れて帰る © 2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathé Films S.A.S./Warner Bros. Entertainment GmbH