「新聞記者」(藤井道人監督)

 新聞記者が主人公の映画は枚挙にいとまがないが、この4月まで34年間、新聞社に勤めてきた当方のお気に入りは、何といっても「ローマの休日」(1953年、ウィリアム・ワイラー監督)だ。美貌のプリンセスと偶然に出会って恋に落ちる、などという極めて現実離れしたシチュエーションが、殺伐とした毎日を送っていた若い記者には夢と憧れに満ちていて、自分の前にもいつかオードリー・ヘップバーンが現れないものかと妄想したものだ。

 「ローマの休日」が「ぬるい新聞記者」の代表格とすれば、社会正義に燃えて巨悪と対峙する「かっこいい新聞記者」も、映画には数多く登場してきた。それもウォーターゲート事件を描いた「大統領の陰謀」(1976年、アラン・J・パクラ監督)をはじめ、実話を基にした作品が目立つ。最近も、アカデミー賞作品賞に輝いた「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年、トム・マッカーシー監督)に「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」(2017年、スティーヴン・スピルバーグ監督)、「記者たち 衝撃と畏怖の真実」(2017年、ロブ・ライナー監督)などがあるが、記者たちの不屈の精神にはほれぼれする。邦画でも日航機墜落事故に材を取った「クライマーズ・ハイ」(2008年、原田眞人監督)なんて、堤真一がやたらかっこよかったもんなあ。

 そこで、タイトルもそのものずばりの「新聞記者」である。この映画は、官房長官会見での質問で名をはせた東京新聞の望月衣塑子記者による同名新書を原案に、虚実皮膜のギリギリを突いたサスペンス性たっぷりの娯楽作品に仕上がっている。

 主人公は、東都新聞社会部の若手記者、吉岡エリカ(シム・ウンギョン)。医療系大学の新設に関する極秘文書が新聞社に届き、認可元の内閣府を取材し始めたところ、この事案に関係していたらしい外務省からの出向職員の神崎が自殺を遂げる。神崎の外務省時代の後輩で、内閣情報調査室に出向している杉原(松坂桃李)は、熱血漢だった先輩の突然の死に疑問を抱くが…。

 という本筋とともに、冒頭には現安倍政権下で噴出しているさまざまな疑惑を模した描写も登場するが、映画の主眼としては、政権批判というよりも、人は正義のためにどれだけ力を尽くすことができるかに力点を置いている。国民を危険に陥れる陰謀に気づいたとき、いったいどういう行動を取るべきか。それは新聞記者も官僚も、さらには映画を見ている私たちも含めて、一人一人が問われていることなのではないか、と映画は強調する。

 そんな重いテーマを真正面から受け止め、驚異的な映像で具現化してみせた藤井道人監督の力量は、さすがというしかない。20代のころから「オー!ファーザー」(2014年)、「幻肢」(2014年)といった原作ものを、ストーリー性を重視しながらiPhoneなどを駆使した斬新な見せ方で芸術の域に昇華させて、娯楽性と実験性を両立させてきた。さらに最近は、「光と血」(2017年)、「青の帰り道」(2018年)、「デイアンドナイト」(2019年)と、社会性を盛り込んだ意欲作を次々と発表。映像的にも、画面を分割させたり、90度横に倒したりと、その場その場で最も効果的な表現を模索している。

 今回の「新聞記者」も映像の凝り方は独創的で、全体的に照明を落とし、渋めのトーンで統一する。中でも内閣情報調査室の暗さは尋常ではなく、極めて不穏な空気が渦巻いていることを暗示する。対する新聞社の場面は思い切り揺れるカメラで不安感をあおり、吉岡記者の孤独な闘いを斜めに傾いた画面で巧みに表現する。まさに社会性と芸術性をバランスよく入れ込みながら、でも謎解きの興味というサスペンスの基本に貫かれていて、この志の高さは見事というしかない。

 欲を言えば、ジャック・レモンが敏腕記者を演じた「フロント・ページ」(1974年、ビリー・ワイルダー監督)のような笑いを伴った軽い風刺もほしいところだが、最初から最後まで真面目に徹するというのも日本らしさか。パソコンのキーボードをカタカタ打ち込み、大きな輪転機が轟々と回って、配達員が一軒一軒に届ける。そんな新聞ならではの高揚感もきちんと押さえているし、決して現政権を批判しただけのちゃちな作品ではないことは断言できる。(藤井克郎)

 2019年6月28日、東京・新宿ピカデリーほか全国公開。

©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

映画「新聞記者」から。ある極秘文書をめぐって取材を進める吉岡(左、シム・ウンギョン)は、内閣情報調査室の杉原(松坂桃李)と出会うが… ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

映画「新聞記者」から。ある極秘文書をめぐって取材を進める吉岡(右、シム・ウンギョン)は… ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ