「ラフィキ:ふたりの夢」(ワヌリ・カヒウ監督)

 これまでいろんな国の映画を見てきたけれど、ケニヤ映画というのは初めてかもしれない。そもそもアフリカで撮られた映画自体、目にする機会は極めて少なく、それも外国資本による製作だったりする。前にモーリタニア出身のアブデラマン・シサコ監督にインタビュー取材をしたことがあるが、フランス映画祭での来日だったもんなあ。

 そのときに上映された「禁じられた歌声」(2014年)は、西アフリカのマリを舞台にした作品で、社会性を反映させたテーマながら、雄大に広がるアフリカの大地の映像が印象に残っている。そんなふうに、アフリカを描いたというと何となく素朴なイメージがあるが、ケニヤ人女性のワヌリ・カヒウ監督がナイロビで撮影した「ラフィキ:ふたりの夢」は、カラフルな映像美とポップなリズムが刺激的な実にかっこいい映画になっていた。

 主人公は看護師を夢見る少女、ケナ。両親は離婚していて、離れて暮らす父親は雑貨店を経営しながら国会議員選挙に立候補している。その対立候補の娘、ジキは、虹色のドレッドヘアに明るい色調の服を着こなし、街角でダンスに興じるなど自由奔放な女の子だ。父親同士がライバルであるにもかかわらず、2人はお互いに惹かれ合うようになるが、同性愛が違法とされているケニヤでは、彼女たちの夢はかなえられるはずもなかった。

 ファッショナブルでスタイリッシュな映像に目を奪われながらも、この映画が描くテーマは深く重い。冒頭、ケナが訪れた売店で、友人の1人がある青年に向かって「あのホモ野郎」とつぶやくところから、何となく不穏な空気は漂っていた。でも2人の気持ちは本当に純粋で、将来の希望を語り合う場面などきらきらした輝きに満ちている。このまま永遠に続けばいいのに、と思わせて、それをブチっと断ち切るところに、カヒウ監督の絶望と怒りが込められている。

 その矛先はLGBTへの差別だけに限らない。社会通念、宗教観、世代間格差、男女差別と、あらゆる問題がここではすべて同じ次元に集約されているということを、せりふによる説明ではなく映像の力で鮮やかに指し示す。LGBT差別は単独で語られる問題ではなく、人々の生活や国家の方向性などとも密接に結びついているのだという主張が、ひしひしと伝わってくる。

 この監督のすごいところは、そうやって憤りを強く訴えながら、芸術性も追求していることだ。ジキのドレッドヘアはLGBTの象徴であるレインボーフラッグを意識したものだろうし、ファッションも含めてその美意識にはほれぼれする。希望にあふれているときは干してある洗濯物も色とりどりなのに対し、絶望感に打ちひしがれる場面では灰色一色というのも示唆に富んでいる。ラストに残る余韻も、1人1人にこの問題に真剣に向き合ってもらいたいという監督の思いの表れだろう。

 この作品は昨2018年、ケニヤ映画としては史上初めてカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に選出された。その一方で、ケニヤ本国では上映禁止になったという。かっこいいのは確かだが、いろいろと考えさせられる映画であることは間違いない。(藤井克郎)

 2019年11月9日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムなど全国で順次公開。

©Big World Cinema.

ケニヤ・南アフリカ・フランス・レバノン・ノルウェー・オランダ・ドイツ合作映画「ラフィキ:ふたりの夢」。将来の夢を語り合うケナ(右)とジキだが…… ©Big World Cinema.

ケニヤ・南アフリカ・フランス・レバノン・ノルウェー・オランダ・ドイツ合作映画「ラフィキ:ふたりの夢」。将来の夢を語り合うケナ(左)とジキだが…… ©Big World Cinema.