「真実」(是枝裕和監督)

 もう本当にすごいとしか言いようがない。何しろ世界最高峰のカンヌ国際映画祭でパルムドールというてっぺんを取った次なのだ。誰だって肩に力が入ろうというものだが、それでいて主演はあのカトリーヌ・ドヌーヴで、共演にジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークと当代一流の芸達者が名を連ねている。キャストに日本人は一人も見当たらず、せりふはフランス語か英語、なんて作品を作り上げてしまうとは、是枝裕和監督の胆力にはどれだけ称賛してもしたりない。

 しかもこの映画、奇跡と言っていいほどの瞬間が見事にちりばめられている。ドヌーヴ演じるファビエンヌはフランスを代表する国民的大女優で、つい最近、自伝本を書き上げたばかりだ。新作映画も撮影中というさなか、ニューヨークで脚本家をしている一人娘のリュミール(ビノシュ)が、アメリカ人の夫(ホーク)と7歳の娘を連れて帰ってくる。「真実」とタイトルがつけられた自伝本が出版社から届き、さっそく目を通したリュミールは母親に激怒する。「この本のどこに真実があるの!」

 この母と娘の確執を軸にしながら、でも映画は家族だけの話にとどまらない。ファビエンヌには、長く秘書を務めるリュックと、料理が得意な彼氏のジャック、そしてリュミールの父親で別れた夫のピエールという男どもがいて、ライバルだった名女優で今は亡きサラの影もちらつく。

 さらに撮影中の「母の記憶に」という映画が母と娘を描いたSFっぽい作品で、ファビエンヌとリュミールの親子関係ともリンクして大いに興味をそそる。どんなストーリーかはよくわからないし、ところどころ撮影シーンが断片的に登場するだけなのだが、ドヌーヴが、ファビエンヌが演じる劇中劇の役としてなのか、ファビエンヌとしてなのか、あるいはドヌーヴ自身としてか、とにかく真に迫った驚異の演技を披露していて、もうこれでドヌーヴは死ぬんじゃなかろうかと思うほどだ。この瞬間を目にするだけでも、この映画を観る価値は十分にあるだろう。

 といって、是枝監督が大女優に翻弄されているかというとそんなことは全くなく、ヨーロッパ調の色合いの中に、小津安二郎監督の映画にも通じる日本的な親子の情が見え隠れする。母は、母であり、女であり、女優でもある。映画は虚の世界で、そこには演じるという行為が内包されているが、それは人生においても変わらない。ライバルだった亡きサラを今も慕っているらしい娘を意識しつつ、名優としてのプライドを保ちながら、母親として尊敬される存在でありたい。そんな貪欲さが、ドヌーヴという虚実を生きる実態を通して表現されていて、まさに映画の本質に触れるものではないかと打ち震えた。

 人生と映画をテーマにしたものとしては、初期の是枝作品に「ワンダフルライフ」(1998年)という傑作がある。人が死ぬとき、最も思い出に残っている瞬間を映画にして、その映像を見ながら天国に旅立つというファンタジーで、当時36歳だった是枝監督にインタビューした際、「ドキュメンタリーを作りながら、ドキュメンタリーはなぜ必要なんだろうとか、フィクションって何のためにあるんだろうとか考えていた。そんな自分の悩みを映像の作り手の話として映画化しようと思った作品で、自伝的要素もあります」と語っていた。

 それから20年。今や世界のコレエダとして、数々の作品で世界中の人に深い感銘を与えているが、映画作りの素朴な疑問はずっと追求してきたことなのかもしれない。「ワンダフルライフ」では、死者たちのために作った映画は画面上に流れない。今回も劇中劇の「母の記憶に」はちらっとしか見せてくれない。それでもその断片だけで感動を呼び起こすとは、さすがは是枝監督だと改めて感じ入った。それにしても、永遠に若さを保つ母親が主人公らしいこの劇中劇、1本の作品として見てみたいものだ。(藤井克郎)

 2019年10月11日、TOHOシネマズ日比谷など全国公開。

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Photo L.Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

日仏合作映画「真実」から ©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

日仏合作映画「真実」から、母(左、カトリーヌ・ドヌーヴ)と娘(ジュリエット・ビノシュ) Photo L.Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3