「典座‐TENZO‐」(富田克也監督)

 新作映画めぐりの醍醐味の一つが、これってどうやって撮ったの、と思うような作品に出くわすことだ。最近はVFX(視覚効果)技術の発展で、スペクタクルなトリック映像にはそんなに驚かなくなったけど、逆に極めて素朴な作りの中に映画ならではのマジックが込められているものがあって、思いっきり好奇心をくすぐられる。「バンコクナイツ」(2016年)で知られる映像制作集団、空族が、全国曹洞宗青年会の依頼で作った宗教映画「典座‐TENZO‐」も、まさに深い不思議に彩られた何とも風変わりな作品だった。

 といっても、決して小難しい映画ではない。主人公は曹洞宗の若い僧侶2人。1人は山梨県都留市の耕雲院というお寺の河口智賢さんで、住職の父を補佐しながら、いのちの電話相談など全国的な活動で多忙な日々を過ごしている。妻との間に重い食物アレルギーを抱える幼い息子がいる。

 一方の倉島隆行さんは、福島県の沿岸部にあったお寺が東日本大震災の津波で流され、今は仮設住宅に住みながら、瓦礫を撤去する作業員として生活する。いつかお寺を再建するという夢は捨ててはいない。

 などと書くと、ああ、ドキュメンタリー映画ね、と思う向きもあるだろうが、これがいささか趣を異にするのだ。確かに智賢さんも隆行さんも実際に曹洞宗のお坊さんであることは間違いないし、尼僧として初めて曹洞宗の高い僧階である「大教師」になった青山俊董さんがインタビューに応え、含蓄に富んだ法話を語る場面もたびたび出てくる。

 だが一方で、大施餓鬼会で超多忙な中、檀家からの電話を取った妻に、智賢さんが「今は相手できない」と怒鳴る場面は恐らくお芝居だろうし、そもそも息子が食物アレルギーというのもフィクションかもしれない。

 というのも、映画のタイトルになっている「典座(てんぞ)」とは、食事をつかさどる役職のことで、曹洞宗では極めて重要な係とされている。映画はこの典座を基軸に、食を支える6つの柱―甘・酸・辛・塩・苦・淡-を章に立て、その意味に沿ったエピソードと教えを具現化する。決してドキュメンタリーでは描けない深みであり、「バンコクナイツ」でも印象的だった自然体と演出を織り交ぜる富田克也監督の感性がきらりと光るすご技だ。

 食を通して、息子のアレルギーといまだ復興がままならぬ大震災の爪痕がリンクする。さらに食は、人間の営みの根源に通じる宗教的なテーマでもあり、智賢さんの家族や同僚の僧侶といった、いわゆるプロの役者ではない人たちがたどたどしく語っているから、どことなく俗っぽく耳に響き、心に届きやすい。この不自然さも自然体なのだとしたら、富田監督の感覚の鋭さには驚くばかり。今年のカンヌ国際映画祭の批評家週間に特別招待され、世界中の人に驚嘆されたというのもむべなるかな、である。(藤井克郎)

 2019年10月4日、アップリンク吉祥寺、アップリンク渋谷で公開。

©空族

映画「典座‐TENZO‐」から。山梨県で曹洞宗の寺院を継ぐ河口智賢さん ©空族

映画「典座‐TENZO‐」から。河口智賢さん(左)一家は、息子の食物アレルギーに悩まされるが… ©空族