「マイ・エンジェル」(ヴァネッサ・フィロ監督)

 決して日本映画も負けてはいないと思うが、このところのフランス映画は実に多種多様な作品が入ってきているなと感じる。先日ここで取り上げた「北の果ての小さな村で」(サミュエル・コラルデ監督)は素人に自分自身を演じさせるという大胆な演出だったし、ほかにも「田園の守り人たち」(グザヴィエ・ボーヴォワ監督)、「アマンダと僕」(ミカエル・アース監督)、「パリの家族たち」(マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督)といった意表を突く展開の意欲作が次々と公開され、中枢神経を大いに刺激してもらった。

 1980年生まれの女性監督、ヴァネッサ・フィロ初長編となるこの「マイ・エンジェル」も、ちょっと意外な流れが魅力の作品だ。主役を演じるのは、「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」(オリヴィエ・ダアン監督、2007年)でアカデミー賞主演女優賞に輝いたマリオン・コティヤール。と思って観ていると、なんと彼女、序盤に早々と姿を消してしまう。主役不在のまま、ドラマは進行していくのだ。

 マリオンが演じるのは、8歳の娘を抱えるシングルマザーのマルレーヌ。映画は彼女が純白のドレスに身を包み、誠実そうなジャンと結婚式を挙げる場面で始まるが、結婚パーティーの最中、酔って別の男とことに及んでいるところをジャンに見つかってしまう。自業自得とは言え、結婚はご破算。自暴自棄になったマルレーヌは、娘を連れて遊びにいったナイトクラブでまたまた新しい男を見つけ、娘だけを家に帰して行方をくらましてしまう。

 とまあ、こんなひどい母親なのだが、一人残された娘のエリーは、それでも母親のことが大好きで、じっと帰りを待ち続ける。どことなく是枝裕和監督の「誰も知らない」(2004年)を彷彿とさせる状況で、家の中は散らかり放題、母親にならって酒浸りになるエリーは、クラスメートの誰とも打ち解けない。それもこれもすべて母親のせいなのに、エリーはけなげに母親のことを信じている。

 日本でも深刻な社会問題となっている育児放棄の典型であり、思い切り社会派ドラマのようにも思えるが、30代のフィロ監督は、決して母親を糾弾したり、政治の不備を告発したりすることはしない。あくまで幼いエリーの希望と悲しみを見つめ、親子の愛とは、という根源的な問いを投げかける。

 エリーはやがて、父親と疎遠になっているフリオという孤独な男を父親のように慕うようになる。母親不在の心に開いた穴を埋めてくれるのは、結局は社会制度ではなく人なのだということを、フィロ監督はとことんまで追求する。

 その問いかけに、エリーを演じた子役のエイリーヌ・アクソイ=エテックスはすさまじい演技で応える。果たしてエリーが導き出す答えとは何なのか。長編1作目でこの重く厳しい物語を紡いだフィロ監督の感性は相当なものだし、こんな映画作家が次々と出てくるフランス映画界の層の厚さにも驚くばかりだ。

 そういえば、「誰も知らない」の是枝監督の次の作品は、カトリーヌ・ドヌーヴを主演にフランスで撮った「真実」になる。目の肥えたフランスの観客が、日本産のフランス映画をどのように評価するか、興味は尽きない。(藤井克郎)

 2019年8月10日から有楽町スバル座など全国順次公開。

© 2018 WINDY PRODUCTION – MOANA FILMS – MARS FILMS LYNK HOLDINGS LIMITED – MY UNITY PRODUCTION

フランス映画「マイ・エンジェル」から © 2018 WINDY PRODUCTION – MOANA FILMS – MARS FILMS LYNK HOLDINGS LIMITED – MY UNITY PRODUCTION

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