「よこがお」(深田晃司監督)

 今や世界がその動向に注目する深田晃司監督には、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で審査員賞に輝いた「淵に立つ」(2016年)の公開前にインタビュー取材をしたことがある。そのときに強く印象に残っている言葉が、「100人が見たら100通りの意見が分かれる映画を作りたい」というものだった。観客の想像力をいかに喚起するかに精力を傾けていて、だからカメラは常に客観視点、感情をあおるような音楽は極力つけないということを信条としている。

 この8月にロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に出品される新作「よこがお」も、随所に深田監督らしい不親切な部分が見え隠れするものの、今回は意外にすんなり受け入れやすい社会派娯楽作品になっていた。

 カメラが常に追いかけるのは、一人の女の顔だ。筒井真理子演じる市子は、ある出来事の前と後ではまるで別の顔になっている。映画はその別人のような二つの顔を、何の状況説明もなく時間を飛び越えて並列に置く。これこそ深田監督らしい不親切さだが、映画が進むにつれ、彼女の身にどんな出来事が起こったのかが徐々に明らかになっていく。

 このサスペンス性が何とも巧みでおぞましく、思い切りぞくぞくさせられる。以前の市子は訪問看護師をしているごく普通の女性であり、温厚な人柄と献身的な仕事ぶりで、訪問先の家族からも同僚からも厚い信頼を得ていた。中でも訪問先の大石家の長女で、介護福祉士を目指している基子(市川実日子)には特に慕われていたが、例の出来事をきっかけに市子を取り巻く状況が一変する。「以前」と「その後」がどう結びつくのか。その謎解きの好奇心とともに、映画はマスコミやSNS(会員制交流サイト)など、高度情報化社会がもたらす恐怖にも鋭くメスを入れる。

 これをやはり第三者の視点で見つめているから、われわれは誰に共感を求めればいいのか戸惑うばかり。筒井が演じる市子に同情しそうになると、それをぴしゃりとはねつけるような場面が現れたりして、なるほど深田節だね、と思うところも多い。何の落ち度もない人間がどんどん追い詰められていくという展開は、いい意味でイライラさせられるし、正しいことを説明しようとしても誰も耳を傾けないという展開は、現代社会の不条理を鋭く突いている。

 それにしても二つの顔を微妙に使い分ける筒井の演技は見事の一言。絶妙な表情で戸惑いを表現し、見ているこちらをも大いに戸惑わせる。対峙する市川の不気味さも相当で、いろんな楽しみを見いだすことができる作品と言えそうだ。(藤井克郎)

 2019年7月26日、角川シネマ有楽町、テアトル新宿などで公開。

©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

映画「よこがお」から。市子(筒井真理子)は誰からも慕われる訪問看護師だったが… ©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

映画「よこがお」から。市子(手前、筒井真理子)を慕っていた基子(市川実日子)だったが… ©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS