「リンドグレーン」(ペアニレ・フィシャー・クリステンセン監督)

 スウェーデンの女性児童文学作家、アストリッド・リンドグレーンのことは、名前を知っている程度の知識しかない。「長くつ下のピッピ」や「やかまし村の子どもたち」といった代表作も読んだことがないし、唯一の体験と言えば、「ちいさなロッタちゃん」シリーズを原作にしたスウェーデン映画を見たくらいだ。2000年に「ロッタちゃん はじめてのおつかい」(1993年、ヨハンナ・ハルド監督)と「ロッタちゃんと赤いじてんしゃ」(1992年、同監督)が相次いで公開されたときに、来日したロッタちゃん役のグレテ・ハヴネショルドにインタビューしたが、こまっしゃくれた5歳児のロッタちゃんが、おしとやかな14歳の少女に成長していて戸惑った記憶がある。リンドグレーンに会ったときの印象について、「すごいおばあさんで、耳が遠くて叫ばないと聞こえないの」と無邪気に話していたものだった。

 その世界中で愛されているリンドグレーンを描いた映画である。前にピーターラビットで知られるイギリスの児童文学作家、ビアトリクス・ポターの伝記映画「ミス・ポター」(2006年、クリス・ヌーナン監督)を見たときは、絵本のキャラクターがアニメーションで登場する仕掛けが楽しかった。あんなふうにリンドグレーンの作品世界が映像で展開されるのかと思ったら、いやいや、これが全く違っていてびっくりしたというのが正直な感想だ。

 主人公はもちろんリンドグレーンだが、まだアストリッド・エリクソンという名前だった10代のころにさかのぼる。敬虔なキリスト教の家に育った快活な少女、アストリッドは、文才を見込まれて地元の小さな新聞社で働くことになる。編集長のブロムベルイの信頼を得て記者活動に邁進する彼女だったが、やがてブロムベルイの子を身ごもったことに気づく。妻との離婚話でもめているブロムベルイの子を産むことは両親に認められず、アストリッドは父親を明かさずに済む隣国、デンマークで出産を決意。だが最愛のわが子とは、一緒に暮らすことはできなかった。

 脚本も手がけたデンマーク出身の女性映画作家、ペアニレ・フィシャー・クリステンセン監督は、今から100年近く前の女性の権利が確立されていなかった時代に、未婚の母として生きることになった1人の女性の生き方としてアストリッドを見つめる。決して男勝りの闘士ではなく、ありのままに自由に生きたいと願うだけなのだが、そんな若い女性の純粋な思いを、しなやかに、しかしきっぱりと描いていて、心に響く。

 これを、アストリッド役のアルバ・アウグストが、また絶妙な表現力で応じる。象徴的なのがダンスホールのシーンで、最初の希望に満ちていたときと、2度目の絶望感に覆われた場面では、同じように破天荒な踊りなのにまるで違って見える。「ペレ」(1987年)、「愛の風景」(1992年)でカンヌ国際映画祭のパルムドールに2度も輝いているビレ・アウグスト監督を父に持つ彼女だが、恋をしたとき、母親に反発するときと、そのときどきでガラッと変える表情の豊かさといい、限りない可能性を感じた。

 映画には年老いたリンドグレーンも登場し、彼女の作品を愛する子どもたちから寄せられた手紙を読む。「どうしてこんなにも子どもの気持ちがわかるのですか」と問いかける答えのヒントが、愛しいわが子を慕う若いころの厳しい体験にあったのかと思うと、うーむ、一度は「長くつ下のピッピ」をきちんと読んでみないとね。(藤井克郎)

 2019年12月7日、東京・神保町の岩波ホールで公開。

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スウェーデン・デンマーク合作映画「リンドグレーン」から。わが子を思うアストリッド(左、アルバ・アウグスト)は…… © Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.

スウェーデン・デンマーク合作映画「リンドグレーン」から。アストリッド(中央、アルバ・アウグスト)は快活な少女だったが…… © Nordisk Film Production AB / Avanti Film AB. All rights reserved.