第243夜「プリシラ」ソフィア・コッポラ監督
ソフィア・コッポラ監督には2013年10月、「ブリングリング」(2013年)で来日したときにインタビューをしたことがある。もっともこのときは時間も短く、しかも合同取材だったこともあり、正直言ってあんまり印象に残っていない。映画のモチーフにソーシャルメディアによる情報漏洩があったので、現代の情報伝達のありようについて尋ねたところ、「私はソーシャルメディアを使っていないのでよくわからない。ほかにやることがたくさんあって、もう新しい興味は加えられない」などと言われて、ぎゃふんとなった覚えがある。
10代の少女たちが盗みを重ねる話だったから、今から思えばその行動原理などについてもっと聞けばよかったなと反省する。何しろ監督デビュー作の「ヴァージン・スーサイズ」(1999年)をはじめ、「マリー・アントワネット」(2006年)、「The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ」(2017年)など、コッポラ監督は女性の生き方に焦点を当てた作品で評判を取ってきたからね。
今回の「プリシラ」も一人の女性の生き方をじっくりと見つめた映画になっている。1959年、アメリカ軍将校の父の転属で西ドイツにやってきた14歳のプリシラ(ケイリー・スピーニー)は、兵役で当地に赴任していた世界的なスター、エルヴィス・プレスリー(ジェイコブ・エロルディ)と出会う。一目でプリシラを見初めたエルヴィスとデートを重ねる仲になるが、やがて彼は本国に帰国。残されたプリシラは、雑誌に書かれている共演女優との噂に気をもみながら、別れ際に約束したエルヴィスからの電話を待ち続けていた。
エルヴィスの元妻であるプリシラ・プレスリーの回想録を基に、コッポラ監督自らが脚本をしたためて作品化したが、決して彼女の半生をたどるありきたりの伝記映画にはなっていない。まだ世間というものがよくわかっていない時期に世紀のスーパースターと恋に落ち、豪邸に住んで贅沢三昧の暮らしを手に入れるものの、めったに帰ってこない彼との生活はすれ違うばかり。だが独善的な夫は彼女に対してすべてを支配したがり、プリシラは欲求不満を募らせながらもただただ付き従うしかなかった。
そんな主体性のない彼女の生き方を強調するかのように、自然光を生かした撮影は常にプリシラの顔を逆光で捉え、薄暗くはっきりとしない表情を映し出す。名門校に通わせてもらっても、勉学に励むでもなく日がな一日ぼーっとしているだけだし、いったい彼女は何がしたくて、どんな大人になりたいのか。それがまるで伝わってこないというのは、コッポラ監督があえて狙った演出なのだろう。
セレブの仲間入りを果たして傍からは恵まれた状況にあるように見えるプリシラにとって最大の壁は、愛するエルヴィスの存在だ。傲岸不遜で自分勝手な彼は、自分からキスを迫っておきながら「今はまだその時期じゃない」などとセックスはお預けにするし、プリシラがちょっとでも自分の意見を言おうものなら、物を投げつけて辺り構わず怒鳴り散らす。その瞬間は恐怖におびえて反発心を抱くものの、甘い言葉をかけられるとつい情を寄せてしまうのも、プリシラの弱さを象徴している。
この辺りの描写もまた、コッポラ監督が描きたかったことの一つに違いない。いつの時代も女性の自立を妨げている最大の要因は男性優位主義で、それはプリシラの時代から50年以上たった今日も厳然と存在する。エルヴィスを含めた男どもは、女性の気持ちなどお構いなしに男同士でつるんで能天気に遊んでばかり。その目に見えぬ束縛から逃れるためには、女性はどう生きるべきなのか。映画で描かれるプリシラの決断は、コッポラ監督からの今を生きる若い女性へのエールのような気がした。
それにしても、製作総指揮に名を連ねるプリシラに対しても決してその生き方を全面的に肯定するわけではなく、さらにエルヴィスに至ってはマッチョな尊大さがとことんまで強調されていて、今も多くのファンがいる伝説の大スターにこんな扱いで大丈夫なの、といささか心配になる。そこはコッポラ監督自身、巨匠フランシス・フォード・コッポラの娘として幼いころからセレブの道を歩んできただけに、怖いもの知らず、なのかもしれないね。(藤井克郎)
2024年4月12日(金)、東京・日比谷のTOHOシネマズ シャンテなど全国で公開。
©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023
ソフィア・コッポラ監督のアメリカ、イタリア合作「プリシラ」から。プリシラ(右、ケイリー・スピーニー)は憧れの大スター、エルヴィス(ジェイコブ・エロルディ)と結ばれるが…… ©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023
ソフィア・コッポラ監督のアメリカ、イタリア合作「プリシラ」から。西ドイツに住む14歳の少女、プリシラ(ケイリー・スピーニー)の未来に待っていたのは…… ©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023