第244夜「陰陽師0」佐藤嗣麻子監督

　実を言うと、当方が最も不得手とするジャンルは、VFXを使い倒したアクション活劇大作かもしれない。「スター・ウォーズ」シリーズや一連のマーベル作品群にも心をときめかすことはなかったし、さらに時代ものの要素が加わると全く食指が動かず、大ヒットを記録している「キングダム」シリーズも一本も見たことがない。

　平安時代の実在の人物、安倍晴明を主人公にした夢枕獏原作の「陰陽師」は、滝田洋二郎監督、野村萬斎主演で2001年と2003年に映画化されているが、やはりどちらも見ていないし、原作小説を読んだことすらない。それが今回、最新作「陰陽師0」の試写を見に東京・内幸町のワーナー・ブラザース試写室まで足を運んだのは、ひとえに佐藤嗣麻子監督が手がけているということが大きい。で、改めて実感した。やっぱり食わず嫌いはよくないわ。

　佐藤監督とは、まだ日本で監督デビューをしていなかった30年以上前、先輩記者に誘われてのこのこ出かけた飲み会で何度か顔を合わせ、一緒にカラオケスナックで盛り上がったこともある。佐藤監督はロンドン・インターナショナル・フィルム・スクールを卒業後、ロンドンでコマーシャルフィルムなどの仕事をこなしながら、初の長編映画「ヴァージニア」（1992年）を完成させたころで、日本の資本が入っているとは言え、主演のジュリアン・サンズはじめキャスト、スタッフをイギリス人で固め、ロンドンで撮影したオリジナル脚本のロマンチックホラーが長編第1作という経歴は、当時としては極めて異色だった。1993年7月からの日本公開を前にインタビュー取材もしたが、「向こうで何か1本撮ってから帰ってきたかった」と意地を通したことを打ち明けていた。

　その後、日本で「エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS」（1995年）や「K-20 怪人二十面相・伝」（2008年）といったファンタジー作品で評価を重ね、ついにこんな大スペクタクル時代劇巨編を撮り上げた。30年前を思い返すと感慨深いものがある。

　タイトルに「0」とあるように、作品は安倍晴明が陰陽師になるまでの誕生秘話を描いている。陰陽師を養成する陰陽寮の学生（がくしょう）、安倍晴明（山﨑賢人）は、他の学生とは抜きん出て呪術に長けていたが、陰陽師に進む立身出世の欲は持ち合わせていなかった。ある日、醍醐帝の孫に当たる貴族で雅楽家の源博雅（染谷将太）が訪ねてきて、従姉妹の徽子女王（奈緒）の身の回りに起こる怪奇現象を解決してほしいと晴明に依頼する。

　この現象を皮切りに、陰陽寮や朝廷に絡むさまざまな陰謀や謎が、最高峰のVFX技術を目いっぱいに駆使した外連味あふれる表現で、これでもかとばかりに押し寄せる。火の龍、水の龍、黄金の龍と壮大なスケールのクリーチャーも見ものだが、平安時代の亰の街並みを再現した風景に、一転してどこまでも果てしなく広がる緑の草原など、背景のリアリティーにもあっけに取られるばかりだ。どこまでが実景を取り込んでいて、どこがVFXで創作したのかわからないほどで、佐藤監督の夫である山崎貴監督の「ゴジラ-1.0」にも引けを取らない。いや、むしろ「ゴジラ-1.0」の戦後の東京よりもはるかに映画らしい想像力に富んでいて、オリエンタリズムもたっぷりだし、「ゴジラ-1.0」のアカデミー賞受賞で証明した日本の技術力をさらに世界にアピールできる作品と言えるのではないか。

　もう一つあっけに取られたものに、現代風の味つけがある。この作品が2020年代というまさに今の時代に作られたということを意識的に強調していると思われ、例えば登場人物のせりふは外来語まで飛び出してくる大胆さだ。それも冒頭、北村一輝演じる天文博士の惟宗是邦が陰陽寮で学生相手に講義する最初だけは当時の発音を再現し、これでは意味が通じないから現代語で進めると、さっと手短に説明するという鮮やかさ。女性がまとう衣装もあっと驚く奇抜なデザインだし、屋敷のセットや琴、笛などの小道具も含めて、歴史ものとしては攻めすぎるくらい攻めている。

　その一方で、次から次へと現れる敵が徐々に大物になっていく展開はロールプレイングゲームの定石だし、ストーリーは本格的なミステリーをきちんと踏襲している。恋愛の香りづけもおさおさ怠りない。若い観客には刺激と知的好奇心をもたらし、歴史や伝統に一家言ある御仁には独特の世界観で有無を言わさない。この胆力と独創性には恐れ入るばかりだ。

　30年前の佐藤監督は「世界にアピールするには、生と死、出会いと別れなど人間の根本的な感情を描く必要がある」と語っていた。そのままを貫いて、将来こんなとてつもない作品を完成させるなんて、当時の監督なら何と思うだろうか。（藤井克郎）

　2024年4月19日（金）、全国公開。