第347夜「オブセッション 災愛」カリー・バーカー監督

 世にホラー映画の類いは掃いて捨てるほどあって、幽霊に殺人鬼、ゾンビ、吸血鬼、宇宙からの侵略者に得体のしれない生物と、その素材もあらかた出尽くしたかと思っていたら、なんのなんの。こんな手があったのかと驚く斬新な作品で、もう震えあがるやら、あっけに取られるやら。何せ主な登場人物は4人だけで、しかも人間以外の恐怖対象は何も登場しないにもかかわらず、どっきりざわざわと最大級に怖がらせてくれる。これが初長編劇場映画というアメリカはアラバマ州出身のカリー・バーカー監督、いやはや恐れ入りました、とこうべを垂れるしかない。

 主人公は繊細で内気な青年、ベア(マイケル・ジョンストン)。同じ楽器店でアルバイトをしているニッキー(インディ・ナヴァレッテ)に思いを寄せているものの、なかなか告白することができず、今のままの「いい友達」関係に甘んじていた。

 ある日、バイト仲間のイアン(クーパー・トムリンソン)、サラ(メーガン・ローレス)と4人でバーに寄った後、ニッキーを自宅に送り届けることになったベアは、別れ際、思い切って気持ちを打ち明けようとするが、臆病で勇気が出ない。車を降りて自宅に向かうニッキーの後ろ姿を見送るベアの脳裏に、つい先日、怪しげなアクセサリーショップで購入した「願いの柳」のことが思い浮かぶ。

 包装箱の説明に従って、「ニッキーが僕のことを愛してくれますように」と願いをつぶやいて柳の枝をぽきっと折ると、家に入ったはずのニッキーがベアの車に戻ってきて、今夜はどうしても一緒にいたいと訴える。柳の願いが通じたのか。困惑しながらも心の中で小躍りしながら、ニッキーを自宅に連れて帰るベアだが……。

 と、ここから先の展開は、もう見てもらって唖然としていただくしかない。ちょっと言葉では表現しにくいくらいの怖さとおかしさで満ちあふれていて、まあ心臓に悪いというか、ジェットコースターだってこれほど激しくアップダウンはしないんじゃないかというくらい心が揺さぶられる。それも前述の通り、何か余計なものが映っていたり、見るからに恐ろしい異形が現れたりというのが一切ない。ごく普通の人たちだけの映像でなぜにこんなにも怖さを演出できるのか。ひとえにバーカー監督の感性のなせる技としか言いようがない。

 一つだけ言うとしたら、とにかく主人公のベアも、イアンやサラら周りの友人も、さらにはニッキーでさえも、あまりにも勘が悪いというか、見ていていらいらさせられっ放しなのだ。明らかに異常事態が発生しているのに、なぜか誰も気がつかない。サラが深夜、ベアを呼び出して話したいことがあるというから当然、あのことについて指摘するのかと思いきや美術学校に進学するという報告で、え、今ここでそんなのんびりした話をするの。と思ったら……、とここからがまた急転直下のジェットコースターと化す。

 恐らくバーカー監督は、あえて登場人物を鈍感で能天気な人たちに設定したのだろう。そうして見ている側が、いやいや、そんな場合じゃないでしょ、とか、おいおい、何で分からないんだよ、とか、どんどん突っ込みまくってほしいと思っているのではないか。確かにホラーなんて一人でじとっと見ているものではなく、ギャーギャー騒ぎながら見るに限るもんね。

 それにしてもものすごいのは、ニッキーを演じたインディ・ナヴァレッテの振り切り具合だ。最初に登場してきたときは爽やかな笑顔が魅力的な清純派で、奥手のベアが憧れるのももっともだといった風情なのに、本当に同一人物なのというくらいに豹変する。しかもそれほど特殊なメイクを施しているわけでもなく、地のままのいで立ちであそこまで吹っ切れるとはもう驚きを通り越して度肝を抜かれるとはこのことだ。

 それにまた低予算を逆手に取ったような創意工夫が見事なんだよね。製作費は100万ドル未満とのことだが、セットは普通だし、何か特殊造形なりVFX(視覚効果)なりを用いているわけでもなく、音響と照明だけで恐怖を演出する。暗闇の中で目だけがほのかに明るかったり、影になって表情もよく分からない顔を延々と映し出したり、カメラワークも凝りに凝っている。それでこんなにも面白怖い作品に仕立て上げるのだから、バーカー監督、名前を覚えておいて決して損はない。(藤井克郎)

 2026年7月17日(金)、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。

©2026 Focus Features LLC.

カリー・バーカー監督のアメリカ映画「オブセッション 災愛」から。思いを寄せていたニッキー(インディ・ナヴァレッテ)はある日…… ©2026 Focus Features LLC.

カリー・バーカー監督のアメリカ映画「オブセッション 災愛」から。ベア(右、マイケル・ジョンストン)は憧れの存在だったニッキー(インディ・ナヴァレッテ)の愛を獲得するが…… ©2026 Focus Features LLC.