青春は色あせない 「ももいろそらを[カラー版]」小林啓一監督と主演の池田愛

 10年前にモノクロームで発表された青春映画の名作が、色彩豊かによみがえった。2021年6月18日(金)から全国順次公開の「ももいろそらを[カラー版]」は、制作当時のコンセプトに手を加え、いつまでも色あせない思春期の思いをスクリーンに創出している。大胆な試みを行った小林啓一監督(49)と主演の池田愛(26)は「カラー版とモノクロ版の違いを楽しんでもらえたら」と笑顔を見せる。(藤井克郎)

モノクロで未来から今を見る

 オリジナルの「ももいろそらを」が作られたのは2011年のことだ。高校生のいづみ(池田愛)がある日、大金の入った財布を拾ったことから起こるちょっとした騒動を、飾り気のないせりふと深みのあるモノクロ映像で描いた個性あふれる作品で、この年の第24回東京国際映画祭では「ある視点」部門の作品賞に輝くなど、高い評価を受けた。翌2012年には世界最高峰の自主映画の祭典、サンダンス映画祭(米ユタ州)にも選ばれ、小林監督と池田も渡米。小林監督は映画祭を主宰する俳優のロバート・レッドフォードに招待されるなど、夢見心地の時間を過ごした。

 それまでテレビのバラエティー番組やミュージックビデオ、CMなどを手がけていた小林監督にとって、この作品は初めての映画だったが、モノクロにしたのは、未来から今を見つめるというコンセプトからだった。

「当時は30代後半でしたが、高校生のころの自分と精神的にそんなに変わらない気がしていた。子どものころに好きだったアイドルはいつまでも好きだし、そういう感覚を映画の中でどういうふうに表現したら出せるんだろうと、ずっと考えていたんです。それである日、真夜中に電車がなくなって歩いて家に帰っていたら、ふと、あ、こうやってやればいいんじゃないかな、と思ったのがモノクロでした。冒頭で未来から今を見るようにすれば、その感覚が伝わるんじゃないか。そうしてモノクロを思いついたんですが、台本には一切書いていませんでしたね」と小林監督は振り返る。

 驚いたのは、いづみ役の池田をはじめとした出演者だった。撮影中はおろか、完成作品を見るまでモノクロと知らされておらず、「映画自体、ドッキリだったのかなと思った」と池田は打ち明ける。

「モノクロにしたことは、当時はすごくもったいないなと思っていました。例えば、いづみちゃんが赤い服を着ているのを見て、あ、いづみちゃんは赤い色が好きなんだ、というところまで落とし込んで見るのが好きという人もいるかもしれない。撮影中も監督がかなり細かいことにまでこだわっていたのを知っていたから、何でって思っていましたね」

 小林監督によると、服につけているワッペンの模様やピンバッジのデザインにまで、自分で探し出してくるほど細部にこだわっていたという。「それがモノクロになると、何か雰囲気だけになっちゃう。カラーにしたことで、当時これがいいなと思っていたことが伝わるかなと思うし、伝わってほしいですね」と小林監督も認める。

生き生きとしたエネルギーを伝えたい

 カラー版を思いついたのは、小林監督がコロナ禍で時間に余裕ができ、映像資料の整理をしていたとき、「ももいろそらを」のカラー素材が見つかったのが発端だった。もともとカラーで撮影したものをモノクロ化した映画だったが、カラーで見ると登場人物が非常に生き生きとしていて、これはどうしてもカラーで見てもらいたいとの思いがよぎった。

「モノクロだとちょっと文学的というか、かっこつけた感じになっているので、せりふの皮肉だとかを重く受け止められたかもしれない。でも逆に生活しているというか、生き生きとしたエネルギッシュないづみの行動といったところは、やっぱりカラーになった方が伝わりやすいんじゃないか。モノクロで伝わらなかったことが、カラーにしたことで伝わるんじゃないかと思ったんです」

 どちらも同じ作品なのに、確かにカラーにすることで、思春期の一瞬一瞬のきらめきが淡い光とみずみずしい表情の中に浮かび上がってきて、大いに心を揺さぶられる。「そういうことはあまり考えていなかった」と言いつつ、小林監督は「カラーにしたら、青春っぽいぐっとくるところが、お、何かいい、と素直に思えたんです。当時はインディペンデントの映画なので予算もなかったし、編集にもあまり時間をかけられなかった。今はカラーグレーディングも簡単にできますが、ただ10年前にカラーでやっていたら、埋もれていたかもしれないかなという思いはありますね」と話す。

10年前の自分に背中を押される

 池田も「私も東京国際映画祭である視点の作品賞をとれたのは、モノクロにしたことで見る人たちの間でいろいろと感じてくれたからかなと思いました」と言葉を継ぐ。

 撮影当時15歳だった池田にとって、この作品は初めての映画で、しかも主演だった。CMから芸能活動をスタートし、テレビドラマもまだせりふのない役くらいしかなかった彼女には、初めての試練の場だった。小林監督が事務所からの紹介で面談したときは、長髪でとてもおとなしく、その覇気のなさがいづみの飾らない感じをイメージさせた。

「あ、この子しかいないなとすぐに思いましたね。もともとショートカットの女の子を考えていたので、髪を短く切ったら似合いそうだなって」と小林監督が言えば、「監督によって、お嬢さまから江戸っ子に変えられたんです」と池田は笑う。

 いづみという役について「あまり深くは考えていなかった」という池田は「監督がそもそもフィーリングで作品を作る方なので、私もフィーリングの部分を学ばせてもらった気がします。自然体のお芝居やせりふ回しも、あんまり考えずに勢いでやってみることで、いっぱい挑戦することができました。改めて作品を見返してみると、完全に私の中から飛び出て、いづみちゃんという人格が映画の中で生き続けているんだなと感じますね」と話す。

 サンダンス映画祭にも参加するなど、さまざまな刺激を受けたが、その後、学業に専念するために芸能活動を中断。本人によると「単純に自分探し」ということだが、「大学にも進んだし、私自身の中身をもっと色づけていきたかったんです。それこそいづみちゃんから離れたことによって、いろんなものがぽかんと空いちゃった。そこに詰め込んでいく期間にしよう、それでまた自分を試すための土台を作ろう、と思っていました」。

 その後、再開後は舞台やCMに加えて、ライブ配信サービスの「17ライブ」で発信するなど幅広く活躍しているが、映画への出演はそれほど多くはない。「カラー版になったことで過去の作品だったのがよみがえったわけですし、だからこそ私ももっと頑張らなきゃって、何か背中を押してもらっているような感じがします。目標として、またいづみちゃんとは別のキャラクターをこの世に残していけるようにしたいですね」と気を引き締める。

一生懸命に生きてこそ人に響く

 一方、やはり映画1作目だった小林監督はその後、「ぼんとリンちゃん」(2014年)で日本映画監督協会新人賞、「殺さない彼と死なない彼女」(2019年)で日本映画批評家大賞新人監督賞と、着実に実績を重ねている。だが今回、10年前の作品に改めて対峙したことで、当時の情熱を思い出した。

「自分の中ではものすごく大きなチャレンジだったということを忘れていた部分が結構ある。カラーになって色がついたことで、自分の気持ちにも改めて火をつけて、初心に帰ってやっていきたいという思いはありますね。このところ挑戦することを忘れていたというのもあったので、10年前の自分のようにこれからも挑戦し続けたいと思っています」

 公開が始まったばかりの「ももいろそらを[カラー版]」については、「モノクロだとちょっと抵抗感のある人がいるかもしれませんが、カラーだとハードルが高くないので、気軽に見てもらえるのではないでしょうか。コロナ禍であんまり世の中がいい状況ではないので、少しでも嫌な気分を忘れて、憂さ晴らしではないけれど、楽しんでもらえたらなと思います」と小林監督が話せば、池田も「洋画の吹替版、字幕版じゃないけれど、今日はモノクロ版にしようかな、カラー版にしようかな、みたいに見ていただけたらうれしい」とアピールする。

「高校生って精神的にとても不安定な時期だと思うんです。でも何か一つ目標があれば輝けると思うし、自分を発揮できるけど、それがなくなったら不安にさらされるかもしれない。一生懸命に生きているからこそ、ちゃんと人に響くものが作れるのかなと思います。この作品は、それこそお芝居も何もわからないときに、がむしゃらに頑張っていた証だと思うので、そこまで感じていただけたらありがたいですね。映画を見て、というよりも私を見て、池田愛さん、頑張ってるなって感じてほしいです」とユーモアたっぷりに話してくれた。

◆小林啓一(こばやし・けいいち)

1972年生まれ。千葉県出身。明治大学政治経済学部卒。テレビ東京「ASAYAN」のディレクターを皮切りに、DA PUMP、DREAMS COME TRUEなどのミュージックビデオやCM、ライブ映像などを多数手がける。2011年、初監督映画「ももいろそらを」で第24回東京国際映画祭「ある視点」部門の作品賞を受賞。その後、「ぼんとリンちゃん」(2014年)、「逆光の頃」(2017年)、「殺さない彼と死なない彼女」(2019年)と個性あふれる青春映画を発表し、高い評価と人気を集めている。

◆池田愛(いけだ・あい)

1995年生まれ。神奈川県出身。2009年、広島ガスのCMで芸能活動をスタート。2011年、「ももいろそらを」の主演で映画初出演を果たす。ほかにテレビドラマ「小公女セイラ」(TBS)、「マルモのおきて」(フジテレビ)など。現在は舞台、CMなどで活躍中。特技はモダンバレエ、英会話、絵画、アクセサリー作り、紙粘土。

◆「ももいろそらを[カラー版]」(2020年/日本/113分)

監督・脚本・撮影:小林啓一

出演:池田愛、小篠恵奈、藤原令子、高山翼、桃月庵白酒 ほか

制作担当:松嶋翔 録音:日高成幸

製作:マイケルギオン 配給:フルモテルモ

2021年6月18日(金)から渋谷シネクイントなど、全国で順次公開

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映画「ももいろそらを」カラー版のいきさつについて語る小林啓一監督(左)と主演の池田愛=2021年6月18日、東京都渋谷区のシネクイント(藤井克郎撮影)

映画「ももいろそらを」カラー版を手がけた小林啓一監督=2021年6月18日、東京都渋谷区のシネクイント(藤井克郎撮影)

「ももいろそらを」の主役を務めた池田愛=2021年6月18日、東京都渋谷区のシネクイント(藤井克郎撮影)

小林啓一監督作「ももいろそらを[カラー版]」から。大金の入った財布を拾ったいづみ(池田愛)は…… ©2020 michaelgion inc. All Rights Reserved

小林啓一監督作「ももいろそらを[カラー版]」から。大金の入った財布を拾ったいづみ(右、池田愛)は、友人の蓮実(左、小篠恵奈)、薫(藤原令子)に知られてしまう ©2020 michaelgion inc. All Rights Reserved