第177夜「アムステルダム」デヴィッド・O・ラッセル監督

 第35回となる東京国際映画祭が開幕した。会場が日比谷、有楽町界隈に移って2年目で、上映作品のゲストが大勢来日するのもコロナ禍前の2019年以来3年ぶりだし、できれば華やかな雰囲気に浸かりたいところなんだけど、なかなか時間が取れないんだよね。映画記者になりたての25年ほど前は、当時は渋谷だった会場近辺に会期中どっぷりと入り浸っていたけど、今から思うとよくあそこまでこなしたもんだと感心するよ。

 なにせあのころはコンペティションも「インターナショナル」と「ヤングシネマ」の2部門があって、それぞれ13本ずつ出品されていた。この26本はすべて鑑賞したし、ほかに招待作品やクラシック作品などの上映やシンポジウムにも顔を出し、その合間を縫って来日映画人のインタビュー取材を行うといった具合。取材は永田町のキャピトル東急ホテルが多かったから、まるで鉄道のダイヤグラムのように分刻みのスケジュール表を手書きで作って、早朝から深夜まで飛び回っていたことが思い出される。

 今年も楽しみな作品は多いんだけど、それ以上にこの時期はとっておきの新作映画の封切りが目白押しなんだよね。芸術の秋とはホント、よく言ったもんだと思うよ。

 そんな中でもお勧めの1本が「アムステルダム」だ。「世界にひとつのプレイブック」(2012年)や「アメリカン・ハッスル」(2013年)などですっかりアカデミー賞レースの常連になったデヴィッド・O・ラッセル監督が、ほぼ実話を基に映画化したもので、映像のスケール感といい、豪華出演陣の競演といい、凝りに凝ったストーリー展開といい、文句なしに面白いと言える娯楽大作に仕上がっていた。

 舞台は1933年のニューヨーク。医師のバート(クリスチャン・ベール)は、第一次世界大戦で戦友だった弁護士のハロルド(ジョン・デヴィッド・ワシントン)から呼び出され、ある遺体の検死を依頼される。遺体は大戦の英雄だったミーキンズ将軍で、ヨーロッパから帰国する船上で急死したという。バートは退役軍人のパーティーのゲストとして、ミーキンズ将軍を招待していた。

 検死にはあまり気乗りのしないバートだったが、依頼主である将軍の娘、リズ(テイラー・スウィフト)がバートとハロルドの目の前で何者かによって殺され、2人に殺人の嫌疑がかけられる。果たして真犯人の目的は。ミーキンズ将軍の死には、どんな秘密が潜んでいるのか。自らの身の潔白を証明すべく、2人の冒険が始まる。

 と、ここで15年ほど時間がさかのぼり、第一次大戦に従軍中のバートとハロルドの出会いの場面に飛ぶ。重傷を負った2人は、看護師のヴァレリー(マーゴット・ロビー)に命を救われ、3人は戦後、オランダのアムステルダムで共同生活を送ることになる。「何があっても互いを守り合う」という誓いを立てた3人だったが、やがてバートはアメリカに残した妻の元に帰り、ヴァレリーも姿を消す。

 この時制の飛び方が非常に巧みで、しかもめちゃくちゃテンポがいい。3人の生活がいかにバラ色だったか、3人の性格や職業なども絡めて、全く説明臭くなく勢いよく見せ切る。追いつけないかな、と思っても心配ご無用。めくるめく映像のうねりで十分に3人の関係は脳裏に刻まれるし、しかも美術が素晴らしくて、ぼーっと眺めているだけで3人の幸福感が伝わってくる。

 この華やいだアムステルダムの空気から、一転して15年後の不穏なニューヨークへと舞い戻る。そしてバートとハロルドの2人は、意外な場所でヴァレリーと再会する。

 この後のユーモアをはらんだはらはらどきどきのスリルは、ぜひともスクリーンで実感してほしい。主役3人に加えて、クリス・ロック、ゾーイ・サルダナ、マイケル・シャノン、マイク・マイヤーズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ラミ・マレック、ロバート・デ・ニーロと、芸達者な面々がくんずほぐれつのサスペンスコメディー活劇を繰り広げる。出る人出る人、思いっきり個性的な人物像ばかりというアンサンブルに酔いしれて、あっという間の2時間14分だった。

 それにしても驚くのが、ほぼ実話に基づいているということだ。こんな陰謀が1930年代のアメリカで潜行していたなんて知らなかったし、「ほぼ」ではない実際はどうだったのかというのも知りたいところだ。ラッセル監督は、その後のナチス台頭に向かう時代の危機感もきちんと織り込んでファシズム批判を明確に打ち出しているし、単なる楽しいだけの作品に終始してはいない。芸術家としての矜持を感じた。(藤井克郎)

 2022年10月28日(金)、全国公開。

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デヴィッド・O・ラッセル監督作品「アムステルダム」から。戦場で出会ったバート(クリスチャン・ベール)、ヴァレリー(マーゴット・ロビー)、ハロルド(ジョン・デヴィッド・ワシントン)の3人は…… ©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

デヴィッド・O・ラッセル監督作品「アムステルダム」から。ロバート・デ・ニーロ、ラミ・マレックら豪華共演陣とのアンサンブルも見もの ©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.