第151夜「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ」ラドゥ・ジューデ監督

 昨年2021年のカンヌ国際映画祭は、最高賞のパルムドールに「TITANE/チタン」(ジュリア・デュクルノー監督)というかなり攻めている作品を選び出して度肝を抜いたが、ベルリン国際映画祭の金熊賞作品も相当なものだ。ルーマニア出身の1977年生まれ、ラドゥ・ジューデ監督が手がけた「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ」は、英語のタイトルも邦題とほぼ同じ「BAD LUCK BANGING OR LOONY PORN」でまさにイカれた映画なんだけど、でも強烈な社会風刺が込められていて、大いに刮目すべき問題作になっていた。

 映画はプロローグに続いて3つのパートで構成されているが、もうプロローグからしてジューデ監督の挑発が炸裂する。どうやらある男女の夜の営みを捉えたビデオ映像のようなんだけど、画面の大部分は隠されていて、「ただ今規制中」の文字が大きく映し出される。そう、日本で公開されるのは「監督〈自己検閲〉版」とただし書きがついているバージョンで、プロローグばかりか、映画のそこかしこでこの邪魔な覆いが現れるのだ。

 しかも字幕の文字は「規制中」だけではない。規制せざるを得ないことに対する監督の怒りの言葉のオンパレードで、中でも「人殺しはいいのにセックスはだめ」の皮肉は心に突き刺さる。特に日本向けというわけでもなく、生々しいセックス描写を禁じている国はほかにもいっぱいあるのだろう。確かに日本も、性器が映っているだけでだめなのに、バイオレンスの表現は何でもありなわけで、監督ならずとも疑問に思うのは当然だ。

 で、第1部が始まるのだが、3つのパートとも個性全開というか、なかなか文章では言い表せないようなぶっ飛んだ展開になっていた。主人公は、恐らくプロローグのセックスビデオに映っていた女性と思われるエミ(カティア・パスカリウ)。何しろ「規制中」だから、顔も姿もよく分からない。名門校の教師をしている彼女は、夫との情事を収めたプライベートビデオが誤ってインターネット上に流出してしまい、どうやら校長から呼び出されたようなのだ。

 第1部では、事情説明に校長宅に向かうエミの行動を、カメラが延々と追い続ける。ルーマニアの首都、ブカレストの街を彼女がいらいらしながら歩く様子がただ映っているのだが、道行く人は誰もみなマスクを着けている。まさにコロナ禍の街の様子を捉えた記録映像にもなっている、と思いきや、いきなりカメラ目線で「なめたいの?」と聞いてくるおばさんがいたり、スーパーの店内では野菜のような着ぐるみやスーパーマンが登場したりして、えっ、これって仕込みだったのか、と頭がこんがらがる。

 第2部も、まあ説明するのは至難の業だ。さまざまな言葉の意味を、風刺を込めた静止画像で解説する辞書風コラムで、「地球温暖化」や「ソーシャル・ディスタンス」などの時事用語のほか、「チャウシェスク」「イエス・キリスト」といった際どい言葉が並ぶ。中でも戦争に関連した皮肉が多く、「人殺しには規制がないのに……」という字幕メッセージにも通じる監督の批判性がうかがえる。

 だが何と言ってもこの作品の真骨頂は第3部だろう。問題のビデオ流出をめぐり、学校の保護者会が開かれるのだが、エミはまるで犯罪者でもあるかのようにつるし上げを食らう。出席者は聖職者、軍人、フェミニスト、レイシストと幅広く、SNSで拡散されたうさん臭い情報を基に持論を展開する。丁々発止のやり取りは、まさにそれぞれの立場を強弁するような言葉の応酬で、自然な成り行きに任せた演出は驚きしかない。

 中でも見ものなのが、みんなで問題のビデオを検証する場面で、ここでもまた「自己検閲」の規制がかかる。字幕の言葉もますます過激度を増し、ジューデ監督の怒り、嘆きが沸点に達していることが痛いくらいに伝わってくる。戦争に象徴される人殺しと比べて、互いに愛し合う行為はこんなにも平和で愛に満ちているのに、なぜ映像で共有してはいけないのか。世の中にはもっと危険でおぞましい映像が氾濫しているではないか、と。

 この作品が金熊賞に輝いた第71回ベルリン国際映画祭では、濱口竜介監督の「偶然と想像」が審査員グランプリ、ホン・サンス監督の「イントロダクション」が脚本賞、マリア・シュラーダー監督の「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」に出演したマレン・エッゲルトが主演俳優賞として銀熊賞を獲得している。それぞれ魅力的な作品だけど、「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ」はこれらとはまた次元の異なるすさまじいパワーが感じ取れることは間違いない。(藤井克郎)

 2022年4月23日(土)からシアター・イメージフォーラムなど全国で順次公開。

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ルーマニア、ルクセンブルク、チェコ、クロアチア合作「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ」から。セックスビデオが流出したエミ(カティア・パスカリウ)は学校の保護者会に呼び出される © 2021 MICROFILM (RO) | PTD (LU) | ENDORFILM (CZ) | K INORAMA (HR)

ルーマニア、ルクセンブルク、チェコ、クロアチア合作「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ」から。コロナ禍のブカレスト市内の様子も映し出される © 2021 MICROFILM (RO) | PTD (LU) | ENDORFILM (CZ) | K INORAMA (HR)