2人で映画を作ることに意味がある 「J005311」監督の河野宏紀&主演の野村一瑛

 役者をやめる前に、映画を1作品は作りたい。9年前に俳優の養成所で知り合った2人が、そんな思いを胸に2人きりの出演で作った映画が話題を呼んでいる。「J005311」は、偶然に出くわした男2人のよそよそしいドライブ旅行を手持ちカメラでじっとりと見つめた異色のロードムービーで、2022年の第44回ぴあフィルムフェスティバルでは5人の審査員の満場一致でグランプリを獲得。あれよあれよという間に劇場公開まで成し遂げたが、監督、脚本を手がけた河野宏紀(27)も、主演の野村一瑛(27)も「2人で映画を作るということに意味があると思っていたので、本当に公開していいのかと驚いています」と戸惑いを口にする。(藤井克郎)

★「生きるのは大変」との思いを落とし込む

 タイトルの「J005311」は、奇跡と呼べるほどの確率で衝突し、再び輝き出した星の名前に由来する。野村演じる神崎は、東京・上野の大通りでひったくりの現場を目撃する。走って逃げる犯人らしき人物を必死の形相で追いかけた神崎は、山本と名乗るその男を見つけて声をかける。100万円を渡す代わりに、ある場所に連れていってくれないか、と。

 神崎の目的は何なのか。気味悪がる山本だったが、あまりにもしつこい神崎の懇願にしぶしぶ了承し、見知らぬ2人同士の奇妙なドライブ旅行が始まる。その間、カメラは2人にぴったりと寄り添い、でも真正面から表情を捉えるでもなく、斜め後方からそっとのぞき見るように。2人の会話はあくまでもよそよそしく、ぼそぼそっとつぶやくようにしゃべる神崎に対し、山本は「お前の話なんて興味がない」などと言い放つ。

「せりふもあまりないので、基本的にプロットで成立していた気がします。題材は何かに触発されたということはなく、とにかく生きるのは大変だな、という思いが自分の中にあって、それを落とし込んだというだけですかね。プロットの段階で自分なりに映像をイメージしながら構築していって、そこから脚本に直していくときに、せりふを多少、加えたりもしました」と山本を演じた河野が語れば、野村も「脚本には余白があったので、面白くなる要素は自分で見つけていこうという思いはありました」と振り返る。

★役者をやめる前に映画を1本は作りたい

 2人で映画を撮りたいという思いは以前からあった。2人は10代の終わりごろ、ディーダッシュ・カンパニーという俳優養成所の同期として知り合う。たまたま同じ沿線に住んでいたことで一緒に帰ることがあり、出会って3年後くらいに、初めて2人で映画を作ろうという話を交わした。

「もともとは2人の共同監督、共同脚本という方向で考えていたが、うまくいかなくて、それは一回、取りやめになったんです。そこから年月がたって、僕はもう役者をやめようと思い、その前に1作品は作りたいという気持ちがありました。今度は別々に脚本を書いて、先にできた方からやろうということで、たまたま僕の方が早くできた。野村に見せたらOKをもらったので、先にこれを作ることになったという次第です」

 こう話す河野は養成所の後、数々の映画に出演。「スペシャルアクターズ」(2019年、上田慎一郎監督)では主人公の弟という主要な役を演じているが、漠然とこれからの生き方について考え込むようになり、役者をやめる決心をする。「J005311」の主人公、神崎も自分の人生を見つめ直すという側面が描かれるが、「この映画のテーマは別になくて、本当に作りたかったから作ったというだけです。特に生きづらい社会だから、というのではなく、ただ2人で映像を残すということに価値があると思った。それが自分にとって、何かいい方向になるのではないかと思っていました」と打ち明ける。

★回転はめちゃくちゃ遅くてもトルクが強い作品

「映画は人目に触れて初めて成立する、みたいに言われますが、今回に限ってはそこじゃないなという気がします。自己満足かもしれないけど、そう言われてもいいと思っています」と言い放つ河野の思いに、野村も大いに共感した。

「仮に世の中に出なくても、本当にわずかな人しか見ないという状態でも、作品を作るということは絶対に意味があった。今まで映画に出たいと思ってやってきた身の2人が、こうやって一から企画して映画を作ることが、とても重要だと思いました」

 そう語る野村は、大学生のころに「ファイト・クラブ」(1999年、デヴィッド・フィンチャー監督)を見たことで、映画への興味を抱く。「何かここじゃないどこか、理想郷みたいな場所が映し出されていて、こういうことを表現する世界って面白いなと思ったんです。映像でしか作れない場所に存在している自分を見てみたい、って」

 一方の河野はとりたてて映画好きというわけではなく、漠然とした気持ちで俳優養成所に入った。「でも人前に出るのは本当に苦手なので、芝居をするなんてまるで考えられなかった。今でもそれは変わりません」と恥ずかしがり屋であることを認める。

 ただ俳優を志してからは映画を見るようになり、特に「息子のまなざし」(2002年)などジャン=ピエールとリュックのダルデンヌ兄弟による映画が好きだという。

「今回のカメラワークもダルデンヌ監督の作品などを参考にしつつ、シンプルに主人公を追うだけでいいという考えの元、後は自分でやりたいように撮っていきました。いわゆる説明される映画は好きじゃないし、普通に生きていく中で相手の事情がわからないというのは当然だと思う。今回、一見いらないようなカットを残していますが、そういう無駄なところを大事にしたいなという思いがある。例えばワンシーンワンカットでただ歩くところを映す、といった試みをしています」と、作品づくりへの創意について語る。

 野村も「河野は多分、一瞬で受け入れられやすいものを目指しているんじゃなくて、長い期間をかけて浸透していくような作品を作ったなという気がしています。YouTubeなどで流れる短い映像は、確かに入ってきやすくて、見ていて飽きないかもしれないけど、伝えるメッセージとしてはトルクが弱い。河野のは、回転はめちゃくちゃ遅いかもしれないけれど、トルクが強い作品だと感じています」とエンジンの性能にたとえて称賛する。

★共感を得るのが難しいからこそ映画は魅力的

 こうして完成した作品は、「相手にされないだろうと思いつつも、一応、出せるものなら出しておこう」(河野)と、若手映画監督の登竜門、ぴあフィルムフェスティバル2022に応募。520作品の中から、見事グランプリに選ばれた。

「率直にとてもうれしいし、ありがたいと思っていて、周りの方々やスタッフには本当に感謝しています」と河野が言えば、野村も「まだ今でも半信半疑で、そのうちに夢から覚めるんじゃないかという気持ちですね」と喜びを表現する。

 さらに全国の劇場で順次公開されることも決まっていて、これからの映画人生、2人とも希望にあふれているようにも思えるが、2人の間でスタンスはちょっと異なる。

「僕はずっと映画を作りたいとは思わない」と意外な言葉を口にする河野は「でももう1本、作りたいものがあるのと、それと野村くんの作品を準備しているので、それは絶対に撮りたい。この2つは決めています」と決意をにじませる。

 一方、「僕はずっと作っていきたい」と話す野村は、映画は非常に魅力的だと認める。「総合芸術だけあって、すべてを入れ込むことができるので、最も難しい表現だと思います。特に共感を得るのは大変なんじゃないでしょうか」

 だからこそやりがいがある? との問いには、きっぱりと「はい」と答えた。

河野宏紀(こうの・ひろき)

1996年生まれ。横浜市出身。俳優養成所を経て、数々の映画やテレビドラマ、舞台に出演。主な出演作に「スペシャルアクターズ」(2019年、上田慎一郎監督)、「望み」(2020年、堤幸彦監督)、「由宇子の天秤」(2021年、春本雄二郎監督)などがある。「J005311」で初監督。

野村一瑛(のむら・かずあき)

1995年生まれ。東京都出身。桜美林大学芸術文化学群演劇専修卒。俳優養成所を経て、映画を中心に舞台、ミュージックビデオなどに参加。初主演を務めた「J005311」で、カナザワ映画祭2022の期待の新人俳優賞を受賞する。

「J005311」(2022年/日本/90分)

監督・脚本・編集:河野宏紀

撮影:さのひかる 録音:榊祐人 整音:榊祐人、河野宏紀 衣装:河野宏紀、野村一瑛 撮影協力:ROCKY、和田裕子、谷口巳恵

英語字幕:蔭山歩美 字幕チェック:Janelle Bowditch 英語字幕データ制作:廣田孝

出演:野村一瑛、河野宏紀

配給:太秦

4月22日(土)から、渋谷・ユーロスペースなど全国で順次公開

©2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

「J005311」の監督、脚本を手がけた河野宏紀(右)と主演の野村一瑛=2023年3月22日、東京都文京区(藤井克郎撮影)

「2人で映像を残すということに価値があった」と語る監督、脚本の河野宏紀=2023年3月22日、東京都文京区(藤井克郎撮影)

「仮に世の中に出なくても、作品を作るということに意味があった」と振り返る主演の野村一瑛=2023年3月22日、東京都文京区(藤井克郎撮影)

河野宏紀監督作品「J005311」から。街角でひったくりを目撃した神崎(野村一瑛)は…… ©2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)

河野宏紀監督作品「J005311」から。神崎(右、野村一瑛)と山本(河野宏紀)は、ただ黙々とドライブ旅行を続ける ©2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)