第342夜「メモリィズ」坂西未郁監督

 今週末はどうしても書いておきたい映画がもう1作品、公開される。これが初の長編となる坂西未郁監督の「メモリィズ」は、どうやったらこんな奇跡的な時間や空気を現出することができるのか、これまで経験したことのないような感覚に思わず興奮を覚えた。定期的に寄稿している週刊新潮の「スクリーン」コーナーでは「人生最高の映画の一本」とされる90点越えの94点をつけたほどだ。

 映画は何も難しいことは語っていないし、構造も作劇も平易そのもので誰が見てもわからないというところはない。淡々とした日常がただ描かれるだけなのに、それなのになぜか圧倒されて胸が詰まってしまう。

 九州の山あいの町に、東京で暮らす雄太(柄本佑)がやってくる。妻のゆき(穂志もえか)と幼い娘の花を自宅に残して1人でこの町を訪れたのは、写真館を切り盛りしているゆきの父、誠(イッセー尾形)が足を骨折し、その身の回りの世話をするためだった。雄太の日課は朝、マンスリーマンションを出て写真館に着くと、まずは飼い犬のコムギの散歩に出かけるところから始まる。牧場のおじさんと挨拶を交わし、民家の庭先に干してあるタオルをカメラに収め、停めてあるトラックの運転席に掲げられた看板を眺める。散歩から戻ったら写真館の手伝いをしながらリモートで自分の仕事をこなし、お昼は宅配弁当を義父と一緒に食べる。何も特別なことは起こらないが、毎日が全く同じというわけでもない。

 映画は、こんな日々を繰り返し繰り返し映し出す。ミニマル・ミュージックならぬミニマル・ムービーとでも言ったらいいだろうか。だがこの単調な繰り返しの中に写真というものが存在することで、何か特別な時間になるから不思議だ。

 雄太は事あるごとにスマホを取り出し、代わり映えのしない日常の中のほんのささやかな変化をカメラに収める。写真館を営む誠は不自由な足を動かして、記念写真を撮りに来た家族にレンズを向ける。ほかにも亡くなった人の遺影、窓の外の四季折々の田園風景、そしてかつて誠が今はもういない妻(香椎由宇)と娘のゆきの3人で出かけた小高い丘の情景など、数々の写真がさまざまな形状で登場する。

 それだけなのに、なぜにこんなにも胸を打つのだろう。思うに写真というものは一瞬を切り取った記憶装置であり、ここには紛れもなく誠たち、雄太たち家族の大切な時間が刻み込まれている。映画の中に写真をスライドで投影する場面があるが、秒単位でさまざまなカットがスイッチングされるだけで、この見知らぬ一家の見知らぬ土地でのショットがまるで自分の記憶のように心に突き刺さる。このスライドをさらにもっと大量に連続して投射するのが、そう、映画なのだ。

 映画の中の誠たち、雄太たち一家はフィクションの登場人物だし、ロケが行われた大分県の竹田市近辺には一度も行ったことがない。それでもどこか懐かしい思いとともに大きく心が揺さぶられるのは、まさに記憶装置としての写真の連続体である映画の持つ力であり、一人一人の中にある記憶のセンサーが敏感に反応するからに違いない。

 それにしても初の長編で記憶のスイッチをこんなにもさりげなく、そしてこんなにも鮮やかに操るなんて、1992年生まれで今年34歳と若い坂西監督、とんでもない才能が現れたものだ。どこか薄ぼんやりとざらつきのある画質も印象的なら、音楽も不協和音を伴って1カ所だけ流れるというさりげなさなのに、なぜだか鮮明に心に残る。それにまた柄本佑、イッセー尾形の2人が、名優同士の共演とは言え、このさりげなさにぴったりのたたずまいを見せているんだよね。

 坂西監督の父親は、日本の音楽シーンにミュージックビデオを定着させた伝説の映像ディレクターだったそうだ。今後、さらにどんな伝説的な傑作を積み重ねていくのか、もう楽しみで楽しみで仕方がない。(藤井克郎)

 2026年6月12日(金)、新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペースなど全国で公開。

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坂西未郁監督「メモリィズ」から。雄太(柄本佑)は義理の父の身の回りの世話をしに九州の山あいの町にやってくる ©2026LittleMore

坂西未郁監督「メモリィズ」から。雄太(右、柄本佑)は義理の父、誠(イッセー尾形)の身の回りの世話をしに九州の山あいの町にやってくる ©2026LittleMore