第333夜「これって生きてる?」ブラッドリー・クーパー監督

 ブラッドリー・クーパーという俳優のことを初めて認識したのは、「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009年、トッド・フィリップス監督)のときではなかったか。それまでも「イエスマン “YES”は人生のパスワード」(2008年、ペイトン・リード監督)や「そんな彼なら捨てちゃえば?」(2009年、ケン・クワピス監督)などで目にしているはずだが、「ハングオーバー!」シリーズの衝撃は圧倒的だった。あそこまでばかばかしさに徹したコメディーに、見た目は二枚目で整っているクーパーが主役として真剣に取り組んでいることに大いに感銘を受けたものだ。

 一方で「世界にひとつのプレイブック」(2012年、デヴィッド・O・ラッセル監督)では、複雑な役どころを深みのある演技で魅せ切ってアカデミー賞主演男優賞にノミネート。さらに「アメリカン・ハッスル」(2013年、デヴィッド・O・ラッセル監督)、「アメリカン・スナイパー」(2014年、クリント・イーストウッド監督)と、その後はすっかりアカデミー賞の常連候補者に定着した。これら3作品は製作サイドにも名を連ねていて、「アリー/スター誕生」(2018年)では満を持して監督業に進出。レディー・ガガを相手役に、自らの主演で名作映画を現代風の味付けで見事によみがえらせたし、続く「マエストロ:その音楽と愛と」(2023年)では監督に共同脚本、製作、主演もこなして希代の作曲家、レナード・バーンスタインの家族愛を表現し、アカデミー賞では作品賞をはじめ7部門でノミネートされるなど、今や押しも押されもせぬハリウッドを代表する存在になっている。

 その最新作が「これって生きてる?」だ。何か原点回帰したようなコメディー風のタイトルだが、英語の原題「Is This Thing On?」の直訳か。崩壊しかかった家族の再生を、使い古した電化製品になぞらえて表現した言い回しで、これはこれで映画の内容とも重なる奥深さがじんわりと伝わってくる。

 物語はクーパー監督の友人の実話が基になっているらしい。ニューヨーク郊外で何不自由なく暮らし、2人の子どもにも恵まれたアレックス(ウィル・アーネット)とテス(ローラ・ダーン)の夫婦は、結婚生活を終わらせるべく別居することを決める。かつてオリンピック選手だったテスには、もう一度バレーボールの世界でキャリアを発揮したいとの夢があった。一方、人生の目的を見いだせないまま夜のニューヨークの街をさまよい歩いていたアレックスは、ふと出くわしたカフェにただで入場できる方法を知る。地階にあるステージに出演すれば席料はいらないと言われ、観客の前に立つことになったが……。

 このカフェにはスタンダップコメディー、つまりマイク片手に1人でしゃべり倒す話芸の舞台が併設されていて、ここから有名なコメディアンが何人も巣立っていた。人前で芸などしたことのないアレックスだったが、妻への思いなどをぽつりぽつりと話すうち、共感の拍手がもらえるようになる。その後もたびたびカフェに通い、やがて正式なキャストに認められるほどの人気者になるが、そんなある日、バレーボールのコーチ職を打診されたテスが客として店を訪れる。そんなこととはつゆ知らず、アレックスはその夜も妻との面白おかしいエピソードを披露して、客席から笑いを取っていた。

 といった展開ではあるものの、決してある男がスタンダップコメディーの世界で成功を収めるまでのサクセスストーリーを描いているわけではない。コメディーの舞台はそれなりに魅せる工夫は施されているものの、何か劇的な出来事が起こるでもなく、夫婦の形、家族の形を追求するといったような、かなり複雑な作品になっていて、前2作と比べると一筋縄ではいかない深みをたたえている。

 舞台出演の秘密を妻に知られて歩み寄ったように見えた後も、2人は友人の別荘で激しい言い争いになったりするのだが、それは危機的状況にあった夫婦が一つ先の段階に進んだことかもしれず、なかなか推し量るのが難しい。どうやら映画のテーマとして「自分に寛容になる」というのがあるようなのだが、それって夫婦がお互い言いたいことも言えずに我慢をするのではなく、思いの丈を言い合えるということなのか。相手への不満、自分の思いを素直にぶちまけることで家族の絆がちょっと強くなる、という単純な図式ではないだろうが、そんな夫婦の機微を、映画的には音楽や芝居、スポーツなどと比べると盛り上がりに欠けるスタンダップコメディーというモチーフでえぐり出したところに、クーパー監督の並々ならぬ意気込みを感じ取った。

 さらに今回も出演はしているんだけど、主演ではなくアレックス夫妻の友人役として、何とも地味に顔を出しているというのが、クーパー自身、次のステップに進んだような気がする。映画の中のアレックスも、ステップアップのきっかけとなったのは、誰かからの影響でもなければ、のっぴきならない状況に追い詰められたわけでもない。日常の延長線上にあるちょっとした非日常、というのが実にいいんだよね。誰にも頼ることなく一人で次のステージに向かうことはできるし、誰に対しても社会は常に開かれている。そんなことをクーパー監督は言いたかったのかもしれない。(藤井克郎)

 2026年4月17日(金)、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。

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ブラッドリー・クーパー監督のアメリカ映画「これって生きてる?」から。夫婦の危機を迎えているアレックス(ウィル・アーネット)はスタンダップコメディーの舞台に立つことになる ©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

ブラッドリー・クーパー監督のアメリカ映画「これって生きてる?」から。アレックス(左、ウィル・アーネット)とテス(ローラ・ダーン)の夫婦は別居することに ©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.