第174夜「夜明けまでバス停で」高橋伴明監督
高橋伴明という監督は、一貫してニュースな映画作家であり続けてきたように思う。出世作となった「TATTOO〈刺青〉あり」(1982年)は三菱銀行人質事件の犯人をモデルにした作品だったし、「愛の新世界」(1994年)は日本初のヘアヌード解禁映画として話題を呼んだ。その後も連合赤軍事件がモチーフの「光の雨」(2001年)や、袴田事件を描いた「BOX 袴田事件 命とは」(2010年)、在宅医療がテーマの「痛くない死に方」(2021年)などなど、常に社会に対して鋭く問いかけてきた。
新作の「夜明けまでバス停で」も、実際に起きた悲劇が基になっている。2020年11月に東京・幡ケ谷のバス停でホームレスの女性が殺害された事件に材を取ったもので、被害者が路上生活者になるまでの人生はNHKのドキュメンタリー番組にもなった。当方もオンエアで見て、悲惨な経緯に心を打たれたが、この映画もそんな人間ドラマが描かれているのかと思ったら、なかなかどうして。想像をはるかに超える、しかも現代社会のひずみに対して思い切り皮肉を込めた大胆な作品に仕上がっていて、さすがは高橋監督、ここまで攻めるか、と留飲を下げた。
アクセサリーのアートを得意とする三知子(板谷由夏)はそれだけでは生活できず、焼き鳥店の住み込みアルバイトで生計を立てていた。だがコロナ禍のあおりを受けて人員削減の対象になる。職と住まいを失った三知子は、大きな荷物を抱えてバス停で一夜を明かすようになるが、そんな彼女の存在を快く思わない人間がいた。
実際の事件はあくまでもモチーフであり、三知子の設定や状況、物語の展開は自由に脚色されている。だが彼女を取り巻く人々は、コロナ禍の現在、ちまたでしょっちゅう見聞きするいかにもな人物ばかりで、この時代をリアルに切り取っているのは確かだ。
例えば三浦貴大が演じる焼き鳥店の本社マネージャーは、セクハラ、パワハラのし放題で、差別意識も甚だしい。フィリピン人の女性従業員が残飯を持って帰ろうとするのを目ざとく見つけて怒鳴りつけるし、かと思えば従業員の退職金をしれっとちょろまかす。柄本佑の人気ユーチューバーは、ホームレスは排除すべき対象者だともっともな理論であおり立てるなど、コロナ禍で浮き彫りになったこの国の嫌な側面をストレートな表現で活写する。
と同時に、現在の政治に対する揶揄も相当なものだ。三知子のホームレス仲間を演じる柄本明や根岸季衣らのせりふにはかなり毒のあるものがあって、おおっ、そこまで言うんかい、といった驚きがある。安倍元首相の国葬を巡って国論が二分されている現状を鑑みると、冷や冷やするほどの内容を含んでいるが、出演者を含めて作り手の肝の座り方には感服するばかりだ。
高橋監督には「赤い玉、」(2015年)のときにインタビューをしているが、若い監督に対して「作ることは一生懸命にやるけれど、それをどう見てもらうかということをもっと意識してほしい」と注文を出していた。「映画監督は人に見せる業を背負った仕事だと思う」とも語っていたが、まさに今度の新作はその覚悟がひしひしと伝わってくる作品だ。同じ時代を生きる者として、その思いには何としても応えないとね。(藤井克郎)
2022年10月8日(土)から、東京・新宿のK’s cinema、池袋のシネマ・ロサなど全国で順次公開。
©2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
高橋伴明監督作品「夜明けまでバス停で」から。住むところを失った三知子(板谷由夏)はバス停で一夜を明かすことに…… ©2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
高橋伴明監督作品「夜明けまでバス停で」から。すみかを失った三知子(左、板谷由夏)は、ホームレスのバクダン(柄本明)と知り合う ©2022「夜明けまでバス停で」製作委員会