勇気があればたどり着きたい場所に近づける 「ザ・ホエール」主演のブレンダン・フレイザー来日会見

 勇気を持って立ち向かうことの大切さを感じてほしい――。「ザ・ホエール」(ダーレン・アロノフスキー監督)で第95回アカデミー賞の主演男優賞を受賞したブレンダン・フレイザーが4月7日からの映画公開に合わせて来日し、6日に東京・赤坂のザ・リッツ・カールトン東京で記者会見を開いた。大勢の報道陣を前に笑顔で登壇したフレイザーは「日本にまた戻ってくることができて本当にうれしい。日本の皆さんがこの作品の新しい観客になってくれることにわくわくしています」とにこやかに語った。

 フレイザーの来日は、主演映画「ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝」(2008年、ロブ・コーエン監督)以来15年ぶり。前日には東京の街にも繰り出し、しゃぶしゃぶを楽しんだことを打ち明けたフレイザーは、リラックスした表情で会見に臨んだ。

「ザ・ホエール」での役どころは、家族と別れ、新たな同性の恋人も亡くし、過食を繰り返したあげく、272㌔の体重となって自室のソファからほとんど動けないという大学教師のチャーリーだ。時折、看護師のリズ(ホン・チャウ)が面倒を見にきてくれる以外は、絶望の中で孤独な毎日を送っている。そんなある日、彼が発作で苦しんでいるところに現れたのは、キリスト教団の若い宣教師、トーマス(タイ・シンプキンス)だった。

 サミュエル・D・ハンターの舞台劇の映画化で、回想シーンを除いてはチャーリーの部屋から一歩も外に出ない。余命が長くないと悟ったチャーリーは、疎遠になっている17歳の娘、エリー(セイディー・シンク)を呼び寄せるが、エリーは父親への憎悪をむき出しにする。いったいチャーリーの過去に何があったのか。果たしてチャーリーは絶望の淵から救われるのか。そのほかの登場人物は元妻のメアリー(サマンサ・モートン)という5人だけの出演で、深遠な人間ドラマが特殊メイクを施した驚きの映像表現で描かれる。

 チャーリーの役づくりについてフレイザーは「とにかくたくさんリサーチを重ねた」と振り返る。

「彼は父親であり、教育者であり、あまりいい時期ではなかったときに深い愛に出会ってしまい、家族からの尊敬を失った。再び敬意を得ることは難しいと感じているが、最後の贖罪として娘との関係を構築することを願ったのです」と語るフレイザーは、リサーチの中でOAC(The Obesity Action Coalition=肥満行動連合)との出会いが大きかったという。OACは肥満症の当事者、家族らを支援する団体で、その目的は肥満症に対する偏見をなくすことだと説明する。

「こういう作品を作ることはリスクがあるというのはわかっている。でもだからこそアートであり、映画なのです。実人生ではリスキーなことは避けるけれど、アートのためにはリスクも必要だし、不安があるからこそ大きな成長も期待できるのです」と指摘する。

 メガホンを取ったアロノフスキー監督は、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「レスラー」(2008年)でミッキー・ロークがアカデミー賞主演男優賞にノミネート、「ブラック・スワン」(2010年)ではナタリー・ポートマンがアカデミー賞主演女優賞を獲得と、俳優の演出には定評がある。「アロノフスキー監督と仕事ができたことは、本当に光栄なことです」と満足そうに語る。

「観客が画面から目を離せなくなるようなことを要求する監督で、誰もが彼のような監督と仕事をしたいと思っているのではないか。特に強く要求されたのは人間的なもろさで、ここまでもろさの表現を追求するように指示されたことはなかった。一人の人間として、また役者としてのすべてをこの役につぎ込んだし、監督と一緒に旅をすることができて人生が変わったと言えます」

 結果、フレイザーもアカデミー賞主演男優賞に輝いた。「いまだに驚きが続いている。とにかくあそこまで偉大なことを達成した人たちの一員に自分もなれるとは思ってもいなかったことで、ものすごく光栄です」と謙虚に語るが、ほとんどソファから立ち上がることもままならないという役柄で、表情だけで悲しみや絶望を表現する演技はまさに主演男優賞にふさわしい。

 その表情の豊かさについて聞かれると、「演技の選択肢として何か癖をつかむというのではなく、彼の人生のリアリティーの部分をなるべく忠実に描くということを心がけた。彼はみんなに後ろを向かれている状態で、それは仕方がないと思っていたが、最後に娘との関係性を修復することができれば自分の贖罪になると感じた。ラストでは、過去の人生で失われたものを再び手にする、そんな瞬間を表現できたのではないかと思っています」

 フレイザー自身、「ハムナプトラ」シリーズや「センター・オブ・ジ・アース」(2008年、エリック・ブレヴィグ監督)などの主演で人気スターとなったものの、その後、心身の不調などもあって、スクリーンから遠ざかっていた時期があった。復活したいと思っている人へのアドバイスを求められたフレイザーは「とにかく僕からは勇気を持ってほしいと伝えたい」ときっぱりと話す。

「勇気を持つということは、そこに壁が立ちはだかっていると認識することでもある。ヒーローは必ずしも盾や剣を持っているだけではない。目の前に乗り越えなければならない壁があると認識することがヒーローの第一歩だし、勇気を持って立ち向かえば、たどり着きたい場所に少しずつ近づくことができる。ヒーローは想像もしていなかったところから生まれるもので、その意味ではチャーリーもヒーローの一人なのです」と真摯に語っていた。

「ザ・ホエール」は2023年4月7日(金)から、TOHOシネマズ シャンテなど全国で公開。(藤井克郎)

記者会見の会場ににこやかな笑顔で登壇するブレンダン・フレイザー=2023年4月6日、東京都港区のザ・リッツ・カールトン東京(藤井克郎撮影)

記者会見での質疑応答で「勇気を持って」と力強く訴えるブレンダン・フレイザー=2023年4月6日、東京都港区のザ・リッツ・カールトン東京(藤井克郎撮影)

ダーレン・アロノフスキー監督作品「ザ・ホエール」から。絶望の淵にいるチャーリー(ブレンダン・フレイザー)だが…… © 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

ダーレン・アロノフスキー監督作品「ザ・ホエール」から。絶望の淵にいるチャーリー(ブレンダン・フレイザー)だが…… © 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.