第171夜「ダイナマイト・ソウル・バンビ」松本卓也監督

 よく、映画は劇場公開して初めて完成する、と言われる。最近こそNetflixやDisney+など配信のみの作品も増えてきてはいるけれど、自主制作で映画づくりに励んでいるような若い監督たちは、まずは映画館で上映することを目標に必死に頑張っているんだよね。

 松本卓也監督はもう40代だからそんなに若くはないかもしれないが、とにかく精力的に映画を撮っては、何とか多くの人の目に触れるようにと奮闘し続けている。コロナ禍で行動が制限され、みんなが巣ごもりを余儀なくされた時期には、「バカ人間のリアルドキュメント」と銘打った「男たちの馬歌」シリーズをネットで無料配信したりして、少しでも映画を楽しんでほしいという思いが伝わってきた。その情熱には本当に頭が下がる。

 そんな努力家だけに、「ダイナマイト・ソウル・バンビ」が劇場公開されるという知らせは、本当にうれしかった。実はコロナ前には作品が出来上がっていて、当方は2019年の7月に見ている。ときどき寄稿している映画情報サイト「ミニシアターに行こう。」から松本監督へのインタビュー取材を打診され、その前にオンラインで視聴したのだが、劇場公開までこんなに間があくことになろうとは思わなかった。というのも、ちょうど韓国のプチョン(富川)国際ファンタスティック映画祭に出品されて大いに話題を呼ぶなど、次々と海外の映画祭に選出されていたころで、本人もインタビューで「キャストは常連の役者で固めているから、前売り券を1人20枚から50枚売れば、それだけで劇場公開は見えてくる」などと話していたくらいだ。

 映画そのものも、劇場公開にふさわしい映画愛にあふれた娯楽作品に仕上がっている。主人公は、松本監督自身が演じる若手映画監督の山本。自主映画界で頭角を現してきた彼に、プロデューサーの天野が初の商業映画の企画を持ちかけ、これまで山本監督と一緒に映画を作ってきた仲間にプロのスタッフ、キャストが加わった混成チームで臨むことになる。だが映画づくりに懸ける情熱は人一倍強いものの、協調性に欠け、わがまま放題の山本に対し、徐々にプロのスタッフ、キャストから不満の声が上がる。ついにあってはいけない山本の行為が発覚し、映画づくりは暗礁に乗り上げるが……。

 というストーリーが、撮影現場の裏側を追いかけるメイキング映像の視点で紡がれるというのが、この作品の何ともユニークなところだ。メイキングの監督を務める谷崎は山本の先輩格で、先に商業映画のチャンスをつかんだ山本はあからさまに谷崎をばかにする。その傲岸不遜な態度をつぶさに撮影し、スタッフ間の不協和音をせっせと拾い集める谷崎の捉えた映像は、ドキュメンタリーさながらの臨場感に満ち、片時も目を離せない。無許可の建物内で勝手に撮影したり、命を落としかねない危険なアクションを強制したりするなど、かなり誇張した表現もこのむちゃくちゃな現場の実相を巧みに表現する。

 決して自主映画と商業映画のどっちがいい悪いと言っているわけではなく、山本の暴走ぶりは映画監督の独善性に対する辛辣な批判も込められているが、それでもこの作品に貫かれているのは映画に取りつかれた人間への深い共感だ。山本だけでなく、メイキングを担当する谷崎も自意識過剰に描かれていて、松本監督はあえてこういう人物像にすることで、映画を偏愛することへの慈しみを強調する。映画というものはここまで監督の人間性がにじみ出るものであり、これくらいの熱量がなければ作ることはできない。若いくせに周りに合わせて変に収まってしまっていいのか。と後に続く自主映画作家に発破をかけているような気もする。

 一方で、偉そうなプロデューサーと傍若無人な監督との狭間で翻弄される若手スタッフの映画への夢と諦めにも焦点を当てる。それでも離れられない映画づくりの魔力とは何なのか。そんな本質的な部分に触れつつ、きっちりと笑いを誘うところなど、さすがは松本監督、数多くの自主映画を作り続けてきた経歴はだてじゃない。映画館の大スクリーンで見ることで、さらに映画へのいとおしさが込み上げてくることは間違いないだろう。(藤井克郎)

 2022年9月10日(土)から東京・新宿K’s cinemaなど全国で順次公開。

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松本卓也監督「ダイナマイト・ソウル・バンビ」から。怒鳴り散らす山本監督(右、松本卓也)の態度に、徐々にチームの和は乱れていく ©シネマ健康会

松本卓也監督「ダイナマイト・ソウル・バンビ」から。プロのスタッフと自主制作仲間の混成部隊で、最初は和気藹々とスタートしたが…… ©シネマ健康会