第172夜「よだかの片想い」安川有果監督

 映画の取材をしていて何がうれしいと言って、デビュー作のときに会った監督が、2作目、3作目と順調にキャリアを重ねていることが一番かもしれない。才能が潰されなくてよかったなと思うし、僭越ながら記事で取り上げたのは間違ってはいなかったという安堵感もある。勝手にサポーターの一員になっている感覚なんだよね。

 安川有果監督にインタビューしたのは2015年の7月、長編第1作の「Dressing Up」の公開を控えた時期だった。人物の掘り下げ方とか、特殊メイクを駆使した映像の工夫とか、みずみずしい感性に裏打ちされた明確な意思が込められた作品だったが、今後について「普遍的なものも描きたいけど、今の時代ならではの新たに芽生える感情もちゃんと映画に入れたい」と、しっかりとしたビジョンを持っていたことが思い出される。

 その後もオムニバス映画の「21世紀の女の子」(2019年)など、ずっと気になる監督だったが、昨2021年の東京国際映画祭で長編第2作の「よだかの片想い」に出合ったときは、まさに「待ってました」の心境だった。島本理生の同名小説が原作で、「アルプススタンドのはしの方」の城定秀夫監督が脚本を手がけているものの、監督の視点、志向性がはっきりと感じられて、やっぱりすごい監督だなとの思いを新たにした。

 主人公は、物理を研究する大学院生のアイコ(松井玲奈)。生まれたときから顔に大きなあざがあり、そのせいで人間関係にどこか臆病なところがあった。そんなアイコに、出版社に勤める友人のまりえ(織田梨沙)から自伝を書かないかと打診があり、アイコはあざと向き合って生きる思いを文章にしたためる。彼女の写真が表紙を飾った本は評判を呼び、映画化の話も進んでいくが、本人はあまり気乗りがしなかった。

 映画化を持ちかけてきたのは、表紙の写真を撮影している現場を偶然に目にした映画監督の飛坂(中島歩)だった。やがて2人は……というところから、コンプレックスを抱える人づきあいの苦手な女性の淡い恋模様が、穏やかなタッチでつづられていく。

 中でもアイコの純真な心根を表象する光の使い方が絶妙なことこの上ない。飛坂が初めてアイコを見かける公園での写真撮影の場面は、レフ板にちらちらと反射する光線の目映さが印象的で、ぎゅっと心をつかまされる。ほかにも海辺を歩きながら女優の美和(手島実優)と言葉を交わすときの砂浜のまぶしさ、屋上で先輩のミュウ(藤井美菜)から励まされる場面の逆光など、要所要所で太陽光が深い意味を帯びてアイコに降り注ぐ。

 それを手持ちカメラによるワンカット長回しで収める撮影技法にも目を奪われた。撮影監督の趙聖來は欧米中心に活躍しているようだが、大きなあざをこれ見よがしではなく、でも確かに存在するとわかるように、しかもこんなにも美しく捉えるなんて、その創意工夫にはうならされるばかりだ。

 アイコを演じる松井にも驚きを禁じ得ない。決して感情をあらわにすることなく、でも顔のあざのせいで何事にも消極的になってしまう女性の心情を、実に自然に表現する。無理してけなげに振る舞っているわけではないのに、どこか切なくいとおしく思えてくる。アイドルから大いに羽ばたいて、最近はテレビドラマでも難しそうな役が相次いでいる松井だが、引っ張りだこなのもうなずける芸達者ぶりだ。

 さらに見逃せないのが、宮沢賢治の童話「よだかの星」を引用したくだりだ。タイトルはここから取られていて、もちろん原作の小説にも出てくるんだけど、原作を凌駕するくらいの重みを伴って差し挟まれる。「よだかの星」の物語を知らない人にも丁寧で、でも知っていても決して余計な説明にはなっていない。脚本のよさもあるが、監督の宮沢賢治への敬意が垣間見える部分でもあり、作品により深みを与えているのは確かだ。

 これで原作ものも、元の小説の魅力を損ねることなく、監督の個性を十分に盛り込んですてきな映画に仕上げることを証明してみせた。安川作品からますます目が離せなくなってきたぞ。(藤井克郎)

 2022年9月16日(金)から、東京・新宿武蔵野館など全国で公開。

©島本理生/集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会

安川有果監督作「よだかの片想い」から。アイコ(右、松井玲奈)は映画監督の飛坂(中島歩)にひかれるが…… ©島本理生/集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会

安川有果監督作「よだかの片想い」から。生まれたときから顔にあざのあるアイコ(松井玲奈)は…… ©島本理生/集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会