保存、調査、研究の蓄積が結実 国立映画アーカイブで「発掘された映画たち2022」

 映画の収集、保存、研究を行う機関としては、その存在意義を最も具現化した企画かもしれない。東京・京橋の国立映画アーカイブで5月3日(火)から、上映企画「発掘された映画たち2022」が開催される。4年ぶり11回目となる今回の上映作品は、現存する最古の日本映画「紅葉狩」(1899年)の最長版をはじめ、衣笠貞之助監督「狂った一頁」(1926年)の染色版や、清水宏監督の幻の名作「明日は日本晴れ」(1948年)など、いずれも最近、新たに見つかったフィルムを基に修復が試みられた貴重なものばかり。4月20日には、会場となる映画アーカイブの小ホールで記者発表会が開かれたが、岡島尚志館長は「映画がなぜ発掘や復元が必要なのかということは、なかなか理解されていない。映画は単に美学的だけでなく、歴史的、文化的にも重要な文化財だということを、この機会に知ってもらえたら」と力を込めていた。(藤井克郎)

「発掘された映画たち」は、1991(平成3)年を皮切りに過去10回、企画されている。11回目となる今回は、5月22日(日)までの会期中、19のプログラムに分けて上映、解説を実施。中でも最大の目玉は、「『紅葉狩』赤染色版の発掘と林又一郎コレクション―初代中村鴈治郎をめぐるフィルム群」と題したプログラムで、1分から24分まで19本のフィルムが上映される。

「紅葉狩」は、1899(明治32)年に撮影された九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の至芸を収めた映像で、現存する最古の日本映画とされている。これまでは、2006年に日活から寄贈された1927(昭和2)年製の可燃性白黒フィルムが現存する最古のフィルムとして国の重要文化財にも指定されていたが、新たに映画史家の本地陽彦さんから赤く染色されたフィルムの寄贈を受け、従来の「日活版」と合わせて編集し直した末、「最長版」として上映されることになった。

 映画アーカイブの大傍正規主任研究員によると、歌舞伎の「紅葉狩」は舞台上に赤い紅葉の背景が施されていて、恐らくそれを模して赤染色のフィルムを作ったのではないかという。さらに新たに発掘された赤染色フィルムは、フィルムの端に製造会社名や製造年を記したエッジコードが見られないことから、日活版の1927年よりも古く、1916年以前に製造されたフィルムではないかと推測する。

 欠損している部分も多く、日活版と補い合っても十数秒だけ長くなった程度だが、画質としても鮮明で美しいと、大傍さんはその価値を強調する。

 実は「紅葉狩」は1973(昭和48)年、映画アーカイブの前身で、まだ開館4年目だった東京国立近代美術館フィルムセンターが企画した「日本の記録映画特集・戦前篇」で、すでに上映されている。「当時はまだ調査、研究は十分ではなかったが、それから50年近くかけて当館が蓄積したノウハウを全面的に反映して、今回の充実したプログラムを形成することができた。あるフィルムが発掘されたとき、それはいったいどういうフィルムなのか、いつ、どこで、どういったお客さんに見られてきたのか、初めて公開されたときの形をいかに再現するか、そういったことを考えて番組を作っています」と大傍さんは解説する。

 そんな大傍さん自身が古書店で発掘、購入して映画アーカイブに寄贈したのが、林又一郎コレクションと称する一連のフィルムだ。林又一郎は上方の歌舞伎役者、初代中村鴈治郎(1860-1935)の長男で、本名は林長三郎という。弟は後の二代目中村鴈治郎で、俳優の林与一は孫に当たる。その又一郎が、父の初代鴈治郎の舞台や東京歌舞伎の大阪公演、さらに初代鴈治郎を映したホームムービーに盛大な葬儀の様子など、貴重なプライベートフィルムの数々が上映される。

 上映当日にも解説を行う古典芸能が専門の児玉竜一・早稲田大学教授は「又一郎が初代鴈治郎の舞台を撮影していたことは知られていたが、今回の原版は緞帳が下りきった後の数秒間、役者がはけるところまで映っていて、素の顔が見られる面白さがある。1920年代から30年代の大阪の歌舞伎、大阪の文化を語る上で非常に重要なフィルムが出てきたと思われます」と、その価値を評価する。

 ほかにも、1896(明治29)年にエジソンから直に映写機を購入した大阪の雑貨商、荒木和一の姿を捉えたプライベートフィルム、茨城県土浦市の古刹、神龍寺に残されていた記録映画「關東大震大火實況」(1923年)などのコレクション、これまで白黒版で見られていた「狂った一頁」(衣笠貞之助監督)に本来の青染色を施して本来の姿をよみがえらせた染色版、公開当時以来の上映と思われる「明日は日本晴れ」(清水宏監督)など、貴重な上映が目白押しとなっている。

「目玉はいっぱいあるが、恐らく一般の映画ファンにとって一番は『明日は日本晴れ』だろう」と話す映画アーカイブの大澤浄主任研究員によると、これまでこの作品のフィルムは残っていないとされていたという。独立プロダクションのえくらん社製作で、1948(昭和23)年に東宝の配給で公開されたが、16ミリフィルムが松竹に保管されていたことが判明。これを複製し、35ミリプリントで上映されることになった。

 大澤さんは「なぜ松竹で保管されていたかの経緯は不明だが、2年前に『松竹映画の100年』の特集上映をした際、その準備でこのフィルムの存在が分かり、今回、初めてお披露目することになった。戦争で傷ついた者を丁寧に取り上げ、しかも厳しくも温かな視線で彼らを見つめていて、日本映画におけるマイノリティーの表象の歴史にとっても、清水宏が戦争という歴史的文脈にじかに触れた作品としても大きな意義を持っている。今後、再検証が必要な非常に重要な映画だと思う」と分析していた。

「発掘された映画たち2022」について説明する大傍正規・国立映画アーカイブ主任研究員=2022年4月20日、東京都中央区の国立映画アーカイブ小ホール(藤井克郎撮影)

「発掘された映画たち2022」で上映される「紅葉狩」から

「発掘された映画たち2022」で上映される「狂った一頁」から

「発掘された映画たち2022」で上映される「明日は日本晴れ」から