第126夜「最後の決闘裁判」リドリー・スコット監督

 映画監督という職業は、あんなに大勢のチームを統率して、しかも予算のこととか人間関係だとかで、ストレスもたまれば気力も体力も使い果たしてしまうんじゃないかなと思うんだけど、長寿で元気いっぱいという人が結構多い。ポルトガルのマノエル・ド・オリヴェイラ監督なんて2015年に106歳で他界する直前まで新作を作り続けていたし、日本でも2012年に100歳で亡くなった新藤兼人監督の最後の作品は死去1年前の完成だった。現役だと、クリント・イーストウッド監督はすでに91歳だが、自ら主演を兼ねた新作「クライ・マッチョ」が全米で公開中だし、92歳のアレハンドロ・ホドロフスキーに90歳のジャン=リュック・ゴダールと、精力的に映画を撮っている超巨匠がうじゃうじゃいる。

 1937年の生まれで11月には84歳になるイギリス出身のリドリー・スコット監督も、創作意欲はちっとも衰えていない。今年2021年には新作を2本も手がけていて、1本目の「最後の決闘裁判」が10月15日(金)に日米同時に公開される。タイトルは恐ろしく地味だし、舞台設定は中世14世紀末のフランスということで、これは2時間33分の上映に耐えられるかなと身構えたが、何の何の。ド派手なアクションあり、際どい男女関係ありと、ギラギラしたエネルギッシュな作品になっていて、さすがは数々の伝説的名作を世に送り出してきたリドリー・スコット監督、老いても枯れるわけじゃないんだなと改めて感動した。

 冒頭、膨大な数の野次馬が決闘場に詰めかける中、鎧に身を包んだ2人の騎士が、馬にまたがって槍を突き交わす。おお、いきなりのクライマックス、と思ったところで、なぜ2人が決闘するに至ったかを、3人の視点でたどっていく。この事実は一つながら全く違って見える経緯を3回にわたって繰り返す手法が鮮やかで、物語にぐいぐい引きつけられた。

 最初は武骨な従騎士、ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)の視点だ。戦場では文句なしの活躍ぶりだが、国王を裏切ったことがある男の娘、マルグリット(ジョディ・カマー)を妻にめとり、領主ピエール伯(ベン・アフレック)にも意見するなど、家臣団での評判はよくない。一方、親友のジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)はピエール伯の覚えもめでたく、側近として存在感を増していく。やがて、この2人が決定的に衝突するきっかけとなる事件が起こる。

 という同じ物語を、次はル・グリの視点、さらにマルグリットの視点と3回重ねることで徐々に事の次第が明らかになり、同時に3人と彼らを取り巻く人々の心模様があらわになるという構成が見事。争点は一つ、カルージュの留守中にル・グリがマルグリットに乱暴を働いたかどうかということで、女性の権利というものがまるでなかった時代背景も相まって、各人各様の本性と思惑が浮き彫りになっていく。

 例えばカルージュは、口では妻を信じると言いながら、結局は自分の名誉のことしか頭にない。ピエール伯は権力を笠に着て傲慢この上ないし、国王シャルル6世はまるで傍観者のように面白がって見ているだけ。女たちも単に弱い存在というだけでなく、カルージュの母親は世間体ばかり気にしてマルグリットにつらく当たるし、マルグリットの親友は男社会である世間におもねって要らぬ噂を立てる。ここまで極端ではないにしても、この構図は現代においても大差なく、性犯罪がうやむやにされてしまうというケースは今も後を絶たない。そんな社会性も盛り込んでいることで、この映画を単なる歴史活劇とは異なる高い次元へと押し上げている。

 三者三様の見方と言えば、黒澤明監督の「羅生門」(1950年)という金字塔があるが、スコット監督はプロデューサーも務めたマット・デイモンから、取りつかれたように何度も「羅生門」の話を聞かされたと打ち明けている。3人の視点で描くコスチュームプレイという似たような素材を、さて、スコット監督はどんなふうに料理したか。「エイリアン」(1979年)、「ブレードランナー」(1982年)、「ブラック・レイン」(1989年)、「テルマ&ルイーズ」(1991年)と引き出しの多さは当代一の巨匠だけに、盛りだくさんの見どころを十分に堪能できるだろう。

 ところでこの「最後の決闘裁判」は、虎ノ門ヒルズにあるウォルト・ディズニー・ジャパンの試写室で見せてもらった。健全娯楽を旨とするディズニーで強姦か否かがテーマとは珍しいが、実はこの映画、20世紀フォックスから名前を変えた20世紀スタジオの作品で、2019年にフォックスがディズニーに買収されたことが背景にある。オープニング映像のロゴからも「FOX」の文字は消えていたが、スネアドラムから始まるあの「パッパカパーン」のファンファーレは健在だった。ほっと一安心。(藤井克郎)

 2021年10月15日(金)、全国公開。

© 2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

リドリー・スコット監督作品「最後の決闘裁判」から。カルージュ(右、マット・デイモン)、ル・グリ(左、アダム・ドライバー)、マルグリット(ジョディ・カマー)3人の視点で決闘までの経緯が描かれる © 2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

リドリー・スコット監督作品「最後の決闘裁判」から。カルージュ(右、マット・デイモン)とル・グリ(アダム・サンドラー)はかつて親友だったが…… © 2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.