第125夜「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」園子温監督

　長年の園子温ウオッチャーとしては、ついにここまで来たか、といささか感慨深いものがある。最近はB級感が板についてきたとはいえ、あの「ワイルド・アット・ハート」（1990年、デヴィッド・リンチ監督）や「リービング・ラスベガス」（1995年、マイク・フィギス監督）のニコラス・ケイジを主役に起用し、Ｂ級どころかオリエント趣味満載の超Ｚ級ハリウッド映画を作り上げるとは、いやはや、本当にやりやがった。

　思い返せば園監督に初めて出会ったのは1993年7月のこと、「部屋 THE ROOM」（1993年）でインタビュー取材をしたときだった。こちらは映画担当になってまだ日が浅く、全編モノクロでささやくようなせりふの超長回しは、極めて異質でとんでもない作品に映ったものだ。

　インタビューで話してくれた「東京ガガガ」と叫びながら大きな旗を振りかざして渋谷の街を大勢で走り抜ける詩のパフォーマンスにも興味を引かれ、取材がてら何度か参加させてもらった。スクランブル交差点で園監督が警察官に連行されたのも目撃したし、ドキュメンタリーの撮影でカメラを回していたフランスのジャン＝ジャック・ベネックス監督に遭遇したこともある。そういえば、あのときベネックス監督が撮っていた「OTAKU」という作品はまだ見る機会に恵まれていない。もしかしたら園監督の背後に、自分もぼーっと映り込んでいるかもしれないなあ。

　園監督とはその後も「桂子ですけど」（1997年）、「地獄でなぜ悪い」（2013年）、「ひそひそ星」（2015年）と、事あるごとに取材で会っているが、偽悪的なイメージとは裏腹に気配りの利いた洒落者というのが正直な印象だ。実験的な自主映画も大規模予算の商業映画も区別なく、一作一作すべてに自分の世界観を盛り込んで、真剣に作品づくりに取り組んでいる姿勢も素晴らしい。

　そんな園監督がハリウッドに挑んだのが「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」だ。とはいっても、ここでも園ワールド全開で、海外資本でよくぞこんなにも好き勝手ができたものだと、感心を通り越してあっけにとられた。

　場所も時代もよくわからないある街に、凶悪な犯罪者（ニコラス・ケイジ）が捕らえられている。この街を牛耳るガバナー（ビル・モーズリー）は、逃走したお気に入りのバーニス（ソフィア・ブテラ）を連れ戻すことを条件に彼を釈放する。だが5日間のうちに連れ帰ることができなければ、装着した爆弾スーツが爆発するのだ。こうして彼は、バーニスが向かったとされるゴーストランドに足を踏み入れた。

　と、こんなあらすじが無意味なほど、映画はしっちゃかめっちゃかの怒涛の展開で疾走する。ガバナーが治める街には江戸時代の遊郭のような一画があり、どぎつい原色で彩られた風景の中に遊女たちが官能的にうごめいているかと思えば、ゴーストランドの方は一転して砂ぼこりが舞う荒れ地で、「マッドマックス」シリーズの退廃的な雰囲気を彷彿とさせる。アクションも時代劇のチャンバラと西部劇のガンファイトが入り乱れるし、さらには原爆や原発に対する皮肉など社会性も込めれていて、もう何が何やら、ごった煮感が炸裂する。

　中でも驚くのは、主役のニコラス・ケイジの扱いだ。最初の登場シーンはふんどし一丁だし、爆弾が埋め込まれたスーツ姿も決してかっこいいとは言えない。タマタマを吹っ飛ばして「あいたたた」と言わせるなんて、スター相手になかなかできることではないだろう。唖然とするやら、腹を抱えるやらで、おとなしく座席に腰を落ち着かせている暇がないほどだった。

　ケイジ以外にも、ジョン・カサヴェテス監督の息子で映画監督でもあるニック・カサヴェテスなんて、よくこんな役で出演したなあと思えるほどだし、TAK∴、中屋柚香、YOUNG DAIS、栗原類、渡辺哲ら日本人キャストも含め、みんな特殊メイクだらけの汚れ放題で役になり切っている。とにかく撮影も美術も衣装も贅の限りを尽くしていて、これだけの予算をかけてお遊びに徹するというのは、ハリウッドでも今どき珍しいのではないか。こんな無茶をやってのけてしまうとは、さすがはわれらの園監督、あっぱれとしか言いようがないよね。（藤井克郎）

　2021年10月8日（金）、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。