多種多様な映画を幅広く上映 第39回東京国際映画祭が閉幕

 よく言えば多様性に富んでいた、ということになろうか。第39回東京国際映画祭が2026年11月4日(水)に閉幕した。今年は10月26日(月)からの10日間で204本と昨年に比べて20本多く上映されたうち、メインとなるコンペティション部門の15本だけは何とか鑑賞することができたが、正直な感想としてはよくぞここまでばらばらな作品を集めたものだというところだ。審査委員長を務めたオーストラリアの映画監督、ロルフ・デ・ヒーアも授賞式の総評で「あまりにも多様な作品群で、比較するのには骨が折れた。まるで試されているようだった」と口にしたほどだったが、その結果やいかに。(藤井克郎)

 15本の作品は監督の出身地もばらばらなら製作国もばらばら、監督の年齢や性別も偏りがなく、ジャンルや構造、テーマ性も実にバラエティー豊かだった。さらに全作品を見た立場として言えば映画の質も玉石混交で、恐らく映画祭という機会でなければ上映されることはまずないのではないかと思えるような作品もちらほら見受けられた。

 そんな中で気になった作品をいくつか取り上げてみたい。最も心に引っかかったのは、バングラデシュ出身の女性、ルバイヤット・ホセイン監督が手がけたフランス、バングラデシュ、ポルトガル、ノルウェー、ドイツ合作「間違いだらけの花嫁」で、あまりなじみのないバングラデシュ映画の現在地を垣間見ることができて極めて貴重な体験だった。結婚こそが女性の幸せだという価値観を皮肉った娯楽作で、ホラーやコメディーの要素も加味されて、粗削りながら力のある映画だと感じた。結婚を控えた上流階級のお嬢様がエステサロンでせっせと外見を磨くものの心は欲望に走り、やがて……、という大筋だが、全てを語ることなく見る側の想像に委ねる作劇が、今後のさらなる可能性を予感させる。主役の花嫁を演じたザイニーン・チョウドリー・カリムのなり切りぶりは女優賞ものの大熱演だったが、残念ながら受賞はならなかった。

 その最優秀女優賞に輝いたのは、フランス、香港合作「ふたりを結ぶ夜」の中国出身、フー・リン(胡伶)だったが、作品自体もこれが長編第1作となるワン・ジャンヨン(王姜永)監督の才気がほとばしるものすごい映画だった。エリート子弟の大学生があることがきっかけで自暴自棄になり、寮の女性管理人に癒やしを求めるという上海が舞台の映画だが、現代中国の影の部分を大胆なストーリーで紡ぎ出し、見応えがあった。中でもラストの上海駅で撮影された超長回しのノーカット移動ショットは、よくぞここまでの撮影ができたものだと感心する。

 ほかにも中国出身のスン・シュン(孫遜)監督が10年の歳月を費やして完成させたシンガポール映画「魔法の星図」は、木版画のタッチを主体に水墨画や銅版画のスタイルも盛り込むなど、あらゆる絵画の手法を取り入れたアニメーション作品で、とにかく絵の美しさ、躍るようなカメラワークのスピード感に酔いしれた。審査委員特別賞を受賞したが、東京国際映画祭でアニメーション映画の受賞は初めてということで、今年の多様性を裏付けるような結果になった。

 その他、ミルチョ・マンチェフスキ監督による北マケドニア、ブルガリア、セルビア、アルバニア、イタリア、イギリス合作「妹兄とマンホールの蓋」、イェレナ・マクシモヴィッチ監督が手がけたセルビア、ブルガリア、スロベニア、モンテネグロ、クロアチア、ドイツ合作「今日が終わるまで」、テオドラ・アナ・ミハイ監督のベルギー、オランダ、ドイツ合作「ヘイゼル85」といった賞に絡んだ作品のほか、池田暁監督の台湾、日本合作「妖怪、化物をひろう」やバフマン・ゴバディ監督のトルコ映画「木々は見ている」などが印象に残った。中でも「木々は見ている」は、「酔っぱらった馬の時間」などで知られるクルド人のゴバディ監督がホラーのテイストをたっぷりと盛り込んで描いた娯楽映画で、故国のイランを追われて生きる監督の恐怖をこんなスタイルで作品に昇華したことに衝撃を受けた。

 一方で、多様なラインアップの中でも際立ってとんがっていたリサンドロ・アロンソ監督のチリ、アルゼンチン、ルクセンブルク、ドイツ、イギリス合作「ふたつの自由」は、正直なところその魅力がさっぱり分からなかった。郊外の森の中で孤独に生きる男が、病院を退院させられた姉を引き取って一緒に暮らすことになるという作品で、娯楽の要素が全く感じられないと同時に、難解な芸術作品というわけでもない。かと言って何か社会性をはらんでいるかというと、それほど主張があるようにも思えず、物語性にも乏しい。そんな作品を手がけたアルゼンチンのアロンソ監督が最優秀監督賞を受賞したのだから、映画は本当に奥が深い。こんなにも映画の幅の広さ、懐の深さを示してくれて、改めて映画祭の価値を噛み締めた。

 最後に10月30日(金)に開かれたディスプレイスメント・フィルム・ファンドの記者会見について触れたい。ディスプレイスメントとは「場所を動かすこと」を意味し、難民や亡命、国外追放などで避難を余儀なくされた映画人の活動を支援、助成しようと基金を設立。2025年のロッテルダム国際映画祭で発表され、今年1月の同映画祭でファンドが助成した短編5作品がお披露目されている。

 記者会見には、ファンドの共同創設者である俳優でプロデューサーのケイト・ブランシェットにロッテルダム国際映画祭マネジング・ディレクターのクレア・スチュワートのほか、短編を手がけた5人のうち、イラン出身のモハマド・ラスロフとアフガニスタン人のシャフルバヌ・サダトの両監督、さらに創設パートナーの1社でユニクロを展開するファーストリテイリング取締役の柳井康治が出席。「ファンドによる作品を広めるには、このような国際映画祭の場で上映してくれることは大変ありがたい」と話すブランシェットは「今は世界で67人に1人がディスプレイスされていると言われていて、世界中の一人一人が考えなくてはならない問題です。こういう作品こそ映画のメインストリームになるべきではないかと考えています」と理解を呼びかけた。

 今回の映画祭では、ラスロフ監督らによる第1弾5本が2度にわたって上映。第2弾としてパレスチナ出身のアンマリー・ジャシル監督、カンボジアのリティ・パン監督ら5人が選出されており、来年の映画祭での上映が期待される。今年のコンペティション部門に選ばれたゴバディ監督のように、国際的に評価を受けている映画人でディスプレイスされている人は少なくなく、ますます映画祭に幅広い使命が課せられている。

 第39回東京国際映画祭の主な受賞作品、受賞者は以下の通り。

 コンペティション

東京グランプリ 「妹兄とマンホールの蓋」ミルチョ・マンチェフスキ監督

審査委員特別賞 「魔法の星図」スン・シュン監督

最優秀監督賞 リサンドロ・アロンソ(「ふたつの自由」)

最優秀女優賞 フー・リン(「ふたりを結ぶ夜」ワン・ジャンヨン監督)

最優秀男優賞 成田凌(「男ともだち」三島有紀子監督)

最優秀芸術貢献賞 「今日が終わるまで」イェレナ・マクシモヴィッチ監督

観客賞 「ヘイゼル85」テオドラ・アナ・ミハイ監督

 アジアの未来

作品賞 「シェリフェ」タレク・ダウド監督

スペシャルメンション 「12月のジャニ」アリアニ・ダルマワン監督

 Nippon Cinema Now

作品賞 「シルバー・エクスプレス」田中末来監督

審査委員特別賞 「いえないふたり」まつむらしんご監督

 アジア学生映画コンファレンス

作品賞 「太陽の下を駆け抜けて」グエン・ヴー・ヒエン・チー監督

審査委員特別賞 「すべて順調」ナー・イーチェン監督

審査委員特別賞 「彼女のすべて」キム・ナムヒョン監督

東京グランプリを受賞した「妹兄とマンホールの蓋」の公式上映の際、上映後のQ&Aに臨むミルチョ・マンチェフスキ監督(右端)と主演のサラ・クリモスカ(中央)、フィリップ・トライコヴィッチ=2026年10月30日、東京都千代田区のヒューリックホール東京(藤井克郎撮影)

「妖怪、化物をひろう」公式上映後の舞台挨拶で、観客の写真撮影に応じる池田暁監督(右端)と余貴美子(右から4人目)、オダギリジョー(同3人目)ら主な出演者=2026年10月28日、東京都千代田区のヒューリックホール東京(藤井克郎撮影)

コンペティション部門の作品では、マスコミによる合同取材も行われた。質疑応答に臨む「夜明け前の赤」のガリン・ヌグロホ監督(奥中央)ら=2026年10月27日、東京都千代田区の東京ミッドタウン日比谷(藤井克郎撮影)

ディスプレイスメント・フィルム・ファンドの記者会見には大勢のプレスが詰めかけた。写真撮影に笑顔で応じるケイト・ブランシェット(奥中央)ら=2026年10月30日、東京都千代田区の東京ミッドタウン日比谷ホール(藤井克郎撮影)