町の思い出を永遠にとどめたい 「かぶと島が浮く日」企画・プロデューサー・主演の松林慎司

 惜しまれつつ消えてゆくものと、いつまでも変わらないもの。そんなふるさとの重層的な姿を映画という作品の中に残したいとの思いで、一人の役者が立ち上がった。山口県岩国市出身の松林慎司(50)が企画、プロデュースを務めた「かぶと島が浮く日」(片山享監督)は、松林自身が演じる元映画館主を主人公に、地域に根差して暮らす人々の地元へのさまざまな心情がじんわりと伝わってくる作品だ。初のプロデューサーという大役をこなした松林は、普遍性を帯びた人間ドラマに仕上がっていることに「岩国が舞台ではあるけれど、とある町という設定で見せたかった」と満足げに語る。(藤井克郎)

☆近くに見えたり遠くに見えたり

「かぶと島が浮く日」は、何か大きな事件や劇的な変化が起きるでもなく、ごく淡々とした日常が描かれた作品だ。松林演じる幹男は、数年前まで岩国市内唯一の映画館を館主として切り盛りしていた。閉館後はスイーツの店を経営しているが、映画館が入っているビルが再開発で取り壊されることになり、高校時代からの親友、信弘(ドロンズ石本)に手伝ってもらいながら、劇場の片付けを少しずつ進めている。一方、高校の教師をしている信弘は、認知症の父親(岡本信人)のことを気にしつつも、妻(佐伯日菜子)と高校生の娘(長岡るか)と代わり映えのしない毎日を過ごしていた。

 タイトルの「かぶと島」とは、岩国沖合の瀬戸内海に浮かぶ甲島(かぶとじま)のことで、兜のような外観が特徴の小さな無人島だ。幹男は毎朝、愛犬のジェームスjr.を連れて、甲島を望む砂浜に散歩に出かけるのだが、演じる松林も中高生のころは毎日、自宅の部屋から甲島を眺めていたという。

「日によって近くに見えたり、遠くに見えたりすることがある。たまに浮いているように見えるときもあって、そういう日は自分にとって、いい日でした。それって人間関係も同じで、仲良かったりもすれば、喧嘩をしたりすることもある。片山監督と岩国で映画を作りたいという話を進める中で、どんな風景を見てきたのかと聞かれてそんなことを話したところ、監督が甲島を見に行きたいとなった。そこが出発点でした」と松林は振り返る。

 そもそもは片山監督の生まれ故郷、福井県を舞台にした松林主演の映画「いっちょらい」(2023年)を岩国で上映したのが端緒だった。岩国には営業している映画館がなく、コンサートホールのシンフォニア岩国での特別上映だったが、舞台挨拶に登壇した松林が「次は岩国で撮りたいです」と宣言。上映後の打ち上げの席でも、市長や市議会議長らから岩国での映画制作を熱望され、その気になってしまった。

 監督は、そのときの温度感を肌で知っている片山監督に、迷うことなく依頼。こうして松林の原点とも言える甲島を見に片山監督に来てもらったときに知ったのが、閉館して十数年がたつ岩国最後の映画館、岩国ニューセントラルの建物がまだそのままの姿で残っているという事実だった。ここから主人公を元映画館主にする物語の構想が一気に膨らんでいった。

「でも映画を作るって大変なことですからね。お金もかかりますし。短編なら自分の持ち出しで作れるんじゃないかと思い、全国のいろんな短編映画祭にかけて評判がよかったら長編化しようかな、などと長いスパンで考えていたんです。そしたらニューセントラルが再開発で2025年の春に取り壊しになると聞いた。構想を練っていたのは2024年の春のことだったので、もう1年しかない。お金が集まらなかったらどうしようなんて考えずに、見切り発車でとにかくやるしかないとなりました」と松林は苦笑する。

☆「大変」なのは大きく変わるとき

 地域に根差した映画づくりに実績のある片山監督にアドバイスをもらいながら、地元企業を一社一社回って映画化の意義を説明。幸いにも賛同を示してくれた市民有志が製作委員会を組んで全面的にサポートをしてくれて、徐々に環境が整っていった。

 一方で演者としての松林自身は、重要な場面でワンシーン程度、出演すればいいかなと考えていた。とにかくプロデューサーとして全体を見て動かしていかなければならず、主演も兼ねるとなると芝居どころではなくなるんじゃないかという不安があった。

「でも片山監督が、いやいや、ここは慎司さんじゃないと駄目です、後は僕がサポートしますから、と強くおっしゃってくださった。監督には『いっちょらい』で全幅の信頼を置いていたので主演をお引き受けしたのですが、想像を絶するくらい大変でした。でも大変という漢字は、大きく変わると書く。今は変化するときなんだと思って、大変なのは百も承知でやっていましたね」

 撮影が始まったらお祭り状態で、楽しくて楽しくて仕方がなかったと言うものの、さらに輪をかけて大変だったのは映画が完成してからだった。協力してくれた大勢の地元の人たちへの感謝の気持ちを込めて、岩国での先行上映を企画したが、ちょうどこの秋から岩国を舞台にしたNHKの連続テレビ小説「ブラッサム」の放送がスタートすることを知らなかった。ドラマが始まったら「ブラッサム」一色になってしまう。できれば放送前の8月か9月にやりたい。会場を押さえ、チケットやポスターを作製し、さまざまな団体に協力してもらって何とか午前と午後の2回の上映、全660席を売り切った。

「ありがたいことに、見事なまでに商店街が映画のポスターだらけになりました。ポスターの絵柄は岩国出身の漫画家の弘兼憲史さんにお手紙を書いてお願いしたのですが、岩国を盛り上げるためならやりましょう、と快く描いてくださった。インパクトのあるポスターで、情報を発表して3週間でチケットが売り切れました」

 2026年9月6日、シンフォニア岩国で行われた先行上映には満席の観客が詰めかけ、「あ、あそこが映っとる」「ここが出とる」とやんやの大喝采だった。

「なくなっていくものと変わらないものを人間模様と合わせて物語にしたかった」と語る松林慎司=2026年9月10日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)

☆幕も開閉すればブザーも鳴る

 ただ映り込んでいるのはいわゆる観光名所ではない。「ブラッサム」ではたびたび登場する錦帯橋も出てこない。アーケードの商店街だったり、高校のグラウンドだったり、静かな砂浜だったりと、どこにでもあるごく身近な風景がスクリーンを彩る。

 中でも象徴的なのが、松林演じる幹男が元館主だったという設定の映画館、岩国ニューセントラルだ。1968年に5階建てビルの中にオープンしたが、2012年に惜しまれつつ閉館。だが映画撮影の時点では、スクリーン前の幕も開閉すればブザーも鳴るし、映写機もけたたましい音を立てながら動いた。「あ、まだ生きているんだ、って。人間で言ったら年配になって体は不自由になったけど、ちゃんと思い出話は話せるよ、みたいな感じです」

 そう語る松林にとって、ニューセントラルの思い出は尽きない。小学校1年のとき、家族で「E.T.」(1982年、スティーヴン・スピルバーグ監督)を見に行ったのが初めての映画体験で、そのときに1階のデイリークイーンでハンバーガーを食べたのが、初めてのハンバーガー体験だった。

 その後、10歳のときに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年、ロバート・ゼメキス監督)を見て俳優という職業を意識し、「あぶない刑事」(1987年、長谷部安春監督)シリーズで柴田恭兵に憧れた。高校を卒業したら役者を目指したいと思ったものの親には言い出せず、広島のホテルビジネスの専門学校に入学。籍を置いたまま大阪の俳優養成所に通い、レンタルビデオで映画を見まくった。専門学校を出ると、満を持して上京。出会ったのが、「パッチギ!」(2004年、井筒和幸監督)や「フラガール」(2006年、李相日監督)などの脚本で知られる劇作家の羽原大介だった。

「何しろつかこうへいさんの弟子ですからね。せりふを羅列して汗だくになって芝居をやるという感じでした。劇団方式で10年やりましたが、自分たちで劇場と演目を決めて、各劇団員が国会図書館とかに行って調べものをして役を深掘りして、ということをやっていて、青春って言えば青春だったかもしれません。でもそこで培ったことが、今回の映画づくりに生かされたという側面はありますね」と感謝の言葉を口にする。

☆愛された場所が作品の中に残る

 だがもともと映画をやりたくて飛び込んだ役者の道だった。映画でよく見ていた俳優、津田寛治のマネジャーがキャスティングで劇団に来たとき、どんな役でもいいので映画に出させてくださいと直訴。津田が出身地の福井市民と監督作「カタラズのまちで」(2012年)を撮ると聞いて福井に住民票を移したほどで、そこから福井の人たちとの交流が始まる。

 俳優でもある福井出身の片山監督とは、それまでにも一度、共演したことがあったが、「カタラズのまちで」で久しぶりに再会。数年後、福井の短編制作プロジェクト「ふくいムービーハッカソン」で片山監督が新作を撮ることになり、主役を務めることになる。その短編が各映画祭で評判となり、同じ松林主演で長編化されたのが「いっちょらい」だった。

「片山監督も俳優をやっているから、演じる側の心理をすごく大事にしてくれる。今回も撮影の際、結構な時間をかけていただきました。OKだったら言ってください、と言ってくれるのですが、それって気持ちができるまでずっと待ちますよ、ということなんです。俳優としてはすごく贅沢ですよね。5分だろうが、30分だろうが、1時間だろうが、ずっと待ってくれる監督なんですから」

 こうして完成した「かぶと島が浮く日」は、だから主人公の幹男と演じる松林はある意味、一体化している。実際、幹男が映画館の入っているビルの外階段から岩国の町を眺めてつぶやく長ぜりふは台本になく、片山監督から「慎さんの思いの丈をしゃべってください」と言われて一発撮りで収めたものだ。「町が栄えていたとき、人がごった返していたときの思い出といったものが、幹男のせりふに乗っかって伝わるんじゃないかとの思いがあった」と打ち明ける。

「みんな写真では残してはいても、映像で残るって特別なことだと思うんです。しかも映画は作品として永遠に残る。映画館だとクオリティーそのままで見ていただける。そういう映画に少しでも出ることができるというのが、俳優をやっていてすてきだなと思うところですね。市民の皆さんに愛された集いの場であるニューセントラルの元館主役を、岩国出身とは言え僕が演じていいのかなという迷いはありました。でも先行上映会で皆さん、すごく喜んでくださった。皆さんの笑顔を目にして、やってよかったなと実感しています」と頬を緩めた。

主演に加えて企画、プロデュースを手がけた松林慎司=2026年9月10日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)

1975年生まれ。山口県岩国市出身。脚本家の羽原大介が主宰する昭和芸能舎に旗揚げから主要メンバーとして参加。2023年、片山享監督「いっちょらい」で長編映画初主演を果たす。ほかに主な出演作として「残穢―住んではいけない部屋―」(2016年、中村義洋監督)、「バードソング」(2019年、ヘンドリック・ウィレミンス監督)、「邯鄲の夢 三重芝居と四人の役者」(2022年、三天屋多嘉雄監督)、「GOLDFISH」(2023年、藤沼伸一監督)、「レンタル家族」(2025年、上坂龍之介監督)などがある。

出演:松林慎司、ドロンズ石本、篠田諒、ジェームスjr.、中谷久江、長岡るか、Sandip Rizal、及川いぞう、佐伯日菜子、岡本信人

企画・プロデュース:松林慎司 監督・脚本:片山享

撮影:深谷祐次 照明:松島翔平 録音:坂元就 助監督:Kako Annika Esashi スチール:宮本剛 アソシエイトプロデューサー:川口恵美、小林功武 ヘアメイク:馬場エミリ 衣装:中西永人 方言指導:紗羽優那 音楽:小野川浩幸 美術協力:大門佑輔 編集:片山享、安楽涼

製作:いわくに映画製作委員会 制作プロダクション:ハナ映像社 後援:岩国市

配給宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト 配給協力:ミカタ・エンタテインメント

2026年10月3日(土)から、新宿K‘s cinemaなど全国で順次公開

片山享監督「かぶと島が浮く日」から。取り壊されることが決まった映画館で、元館主の幹男(松林慎司)は…… ©︎いわくに映画製作委員会

片山享監督「かぶと島が浮く日」から。幹男(松林慎司)が愛犬を散歩する砂浜からは、甲島がよく見える ©︎いわくに映画製作委員会