第348夜「美しく、黙りなさい」デルフィーヌ・セリッグ監督

 女優が女優たちにインタビューをする映画と言うと、ロザンナ・アークエットが監督を務めた「デブラ・ウィンガーを探して」(2002年)を思い出す。あちらはハリウッドで活躍する女優34人の素顔に迫った作品で、年を重ねるごとに仕事の需要が減っていく彼女たちの本音を引き出して見応えがあった。世界に先駆けて東京・渋谷のBunkamuraル・シネマで公開されたというのも話題で、当方などは2003年6月28日の初日にこの映画を見たのを最後に大阪に転勤したこともあって、鮮明に記憶に残っている。

 ただそれにさかのぼること四半世紀、今からだとちょうど50年前の1976年に女優が女優にカメラを向けたこんな刺激的なドキュメンタリー映画が作られていたことは知らなかった。この「美しく、黙りなさい」は、「去年マリエンバートで」(1961年、アラン・レネ監督)や「夜霧の恋人たち」(1968年、フランソワ・トリュフォー監督)、「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(1972年、ルイス・ブニュエル監督)などで知られるデルフィーヌ・セリッグ唯一の長編監督作で、ハリウッドとパリで活躍する女優23人の声を収めている。2022年に初公開されて話題を集めた彼女の主演作「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」(1975年、シャンタル・アケルマン監督)に続いて、こういう伝説の作品が修復されて劇場にお目見えするとは実に喜ばしい。

 で、そのインタビューの中身だが、ただ漫然と話を聞いているわけではもちろんない。セリッグ監督が女優たちに投げかけた質問は大きく2つ。「あなたが男性だったとしてもこの仕事を選んだか」と「他の女優と友好的な場面を演じたことがあるか」だ。

 現代の感覚からすると、この2つの質問のどこが鋭いのかとも感じるが、聞かれた女優は口々に「とっても面白い質問ね」と反応を返す。そして1番目の質問には多くの女優が「私が男性だったらもっと選択肢がいっぱいあったはず」と答える。

 例えば「結婚しない女」(1977年、ポール・マザースキー監督)などのハリウッド女優、ジル・クレイバーグは「今の女性にとって女優になること自体、本質的にマゾヒスティックよ」と全否定。またモンド映画と呼ばれる見世物風の作品に多数出演したリタ・ルノワールは「男なら違う人生を選んでいた。殴られても殴り返せたし、一方的に支配されることもなかった」と話している。

 ほかにもジェーン・フォンダやアンヌ・ヴィアゼムスキー、エレン・バースティンといった主役級の名優が、役柄のために個性も何も押し殺さざるを得なかった体験を赤裸々に語っている。マリア・シュナイダーがスキャンダラスに報じられた「ラストタンゴ・イン・パリ」(1972年、ベルナルド・ベルトルッチ監督)での出来事について本音をぶちまけているのも、聞き手がセリッグという同じ女優だからこそという気もする。

 2つ目の質問の答えはさらに興味深い。今でこそ女性同士が友情をはぐくんだり、女性がお互い支え合ったりという作品は珍しくないが、50年前はほぼ皆無だったようだ。一方で男性バディ映画は、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの「明日に向って撃て!」(1969年、ジョージ・ロイ・ヒル監督)や、スティーブ・マックイーンとポール・ニューマンの「タワーリング・インフェルノ」(1974年、ジョン・ギラーミン監督)などごく普通に作られていた。

 セリッグの質問には、ほとんどの女優が女性同士の友情を演じたことはないと回答していて、脇役が多かったパティ・ダーバンヴィルが「女同士は、ただ女性であることを競う役ばかり」と言えば、「美しき冒険旅行」(1971年、ニコラス・ローグ監督)などの子役出身、ジェニー・アガターは「女たちはすごく孤独に見える」と証言している。

 中で唯一、ヌーベルバーグ作品で知られるジュリエット・ベルトが「本当の女性映画だった」と話しているのが、彼女が主演した「セリーヌとジュリーは舟でゆく」(1974年、ジャック・リヴェット監督)で、相手役のドミニク・ラブリエらと自分たちでもアイデアを出し合ったことを打ち明けている。かの作品をわが生涯のナンバーワン映画だと思っている当方としてはこの証言はうれしい限りで、なるほど女性映画の金字塔だったんだなと、またそろそろ見直してみたくなった。

 何はともあれこの時代、女性映画というのは全くの異端であり、男性の製作者が男性目線で作っていたのが映画だったという現実が、この証言集を通して浮き彫りになってくる。その旧弊はなかなか根強くて、今でもそれほど変わってはいないというのは、2022年のニナ・メンケス監督によるドキュメンタリー映画「ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワー」で学習済みだ。

 確かに近年は女性のプロデューサーや監督も増えており、現にセリッグ自身、マルグリット・デュラス監督の「インディア・ソング」(1974年)やシャンタル・アケルマン監督「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」(1975年)で女性監督作品を経験している。ただこのようなインタビューを撮るということは、男性優位の悪しき伝統に風穴を開けたいとの思いがあったことは間違いないし、ここまで女優たちの本音を引き出すことができたことで、以後の変革に大いに希望を抱いたということもあるかもしれない。こうして50年の時を経て、この奇跡的なインタビュー集が劇場公開される意味を、強く噛み締める必要がある。(藤井克郎)

 2026年7月24日(金)からBunkamuraル・シネマ渋谷宮下など全国で順次公開。

マリア・シュナイダー(左)にインタビューするデルフィーヌ・セリッグ監督(中央) © Archives Atalante and Roussopoulos Family Archives / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir

デルフィーヌ・セリッグ監督「美しく、黙りなさい」から。インタビューに答えるジュリエット・ベルト ©Sois belle et tais-toi ! / Delphine Seyrig, 1976 / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir