第353夜「平行と垂直」小林聖太郎監督

 お気に入りのテレビ番組の一つに、日曜深夜にテレビ朝日系で放送されている「EIGHT-JAM」がある。さまざまなミュージックシーンについて毎回、極めてマニアックに深掘りしていて大いに勉強になるんだけど、レギュラー出演のSUPER EIGHTのメンバーによるトークがまた楽しいんだよね。SUPER EIGHTは男性アイドルグループとしては音楽の実力、知識が抜きん出ているんじゃないかと思っていて、中でもメインボーカルの安田章大はギターの腕前も超一流だし、相当な音楽センスの持ち主だなと感じている。

 その安田が主演を務める「平行と垂直」を見て、センスのよさは何も音楽だけではないことを再認識した。ちょっとびっくりするような演技力だし、しかもこの作品、安田が企画立案した張本人だという。作品自体も笑って泣けて、それでいてこの世の中のことをちょっぴり考えさせるような前向きの人情喜劇に仕上がっていて、見れば誰もが幸せな気分になること請け合いだ。

 安田演じる大貴は、自閉スペクトラム症(ASD)を抱えつつ、アパートで独り暮らしをしながら清掃員として働いている。何事も直角でまっすぐになっていなければ気が済まず、清掃の仕事も誰よりもたっぷりと時間をかけて丁寧にこなしていた。

 そんな大貴のことを最も気にかけているのが、別々に暮らす妹の希(のん)だ。カウンセラーをしている希は、兄の自立を促しながらも、毎週決まった曜日の決まった時間に大貴手作りの夕食を一緒に取るなど何かと支えになっていたが、ある日、恋人の雅也(伊島空)から突然のプロポーズを受ける。喜びを隠せない一方で、気がかりは兄の大貴のことだった。

 脚本は女優でもある山野海のオリジナルで、その物語に強く心を動かされた安田が、出演映画「ばしゃ馬さんとビッグマウス」(2013年、吉田恵輔監督)以来の付き合いのある佐藤現プロデューサーに企画を持ち込み、映画化が始動。「毎日かあさん」(2011年)や「マエストロ!」(2015年)などの小林聖太郎監督がメガホンを取ることになり、ASDの専門家による監修を受けながら約2年をかけて脚本を練り上げたという。

 そこまでじっくりと全身全霊を傾けて取り組んだだけあって、安田の真摯な役づくりはスクリーンの端々から伝わってくる。大貴は自分の感情や思いをうまく言葉にすることができず、事情をよく知らない人からは「ちゃんとしゃべらないと分からないぞ」などと冷たく言い放たれる。でも黙っていても周囲の言葉は全て理解していて、それをきちんと示すことができないのがもどかしくて切ない。といった戸惑いやいら立ちを、仕草や表情のちょっとした変化で体現している。いやはや、とんでもない役者魂だ。

 対する妹の希を演じたのんも、改めてその力量にはうならされるばかり。受けの芝居ながらも時に感情を爆発させ、でもどんなときでも心の奥底では兄のことを思う優しさを保ち続けている。なかなかの難役ではないかと思うが、とても魅力的で爽やかな印象を残していて、また一つ彼女の代表作が加わった気がする。

 こんな2人を取り巻く脇役もことごとく個性的で芸達者な面々がそろっている。清掃員の先輩を演じる芦川誠にグループホーム代表の福田転球、希のカウンセリング客の久保田磨希とみんないい味を出しているのだが、中でも刮目すべきは大貴のお昼ごはんの四角いおにぎりを勝手に食べてしまう5歳の女の子を演じた河野咲良だ。ちょっと小生意気な長ぜりふをノーカットで訥々と語り、大いに笑いを誘う。

 何しろ作品の舞台が大阪の堺で、安田、のんを筆頭に関西出身の役者たちによる関西言葉のやりとりは何とも耳に心地よい。チンチン電車の阪堺線が走る下町っぽい風景もほんわかしていて、コメディータッチの人情話にはぴったりなんだよね。

 と同時に、この作品が内包するテーマ性も実に巧みに映画に落とし込んでいて、小林監督をはじめとした作り手の深い洞察にはっとさせられる。ASDをモチーフにしてはいるけれど、決して障害について掘り下げるという作品にはなっていない。感情をうまく言葉にできない人はこの世の中にごまんといて、でもちょっとの心のゆとりがあれば、その人たちの思いを汲み取ることはできるし、そういう優しさこそ断絶が進むぎすぎすした現代社会に必要なことではないか、と提起しているかのようだ。

 なぜカウンセラーになったのか、と尋ねられた希は「声にできない人の心を読みたくて」と答えるが、この映画自体、声にできない人の心を映像で表現しようとしているように思えてならない。大貴を演じる安田がほとんど無言で見せる表情や立ち居振る舞いだけでなく、何気ない堺の街並みや整えられた大貴の部屋、清掃現場のトイレのたたずまい、新任上司の歓迎会が開かれている居酒屋なども、言葉にできない何か大切なものが映り込んでいる気がする。映画ならではのちょっとすてきな魔法を、思う存分に体感した。(藤井克郎)

 2026年8月28日(金)、全国公開。

©2026「平行と垂直」製作委員会

小林聖太郎監督「平行と垂直」から。希(左、のん)は兄、大貴(安田章大)のことを誰よりも気にかけていた ©2026「平行と垂直」製作委員会

小林聖太郎監督「平行と垂直」から。大貴(中央、安田章大)が先輩の須賀(右、芦川誠)とお昼を食べていると、5歳の紗奈(河野咲良)が寄ってきて…… ©2026「平行と垂直」製作委員会