性別の呪縛から解き放つ 「Eggs 選ばれたい私たち」の川崎僚監督

 この映画を作ったことで、それまでの呪縛から解き放たれたという。「以前は、男性はどうせ、とか、この年代の人はどうせ、とか勝手に決めつけてしまっていた。でも男性であれ女性であれ、目の前にいるその人がすべてなんですよね」と、4月2日公開の「Eggs 選ばれたい私たち」で長編デビューを飾る川崎僚監督(34)は晴れやかな表情で語る。不妊治療に悩む夫婦に卵子を提供するエッグドナーを題材にしたこの映画は、川崎監督にどんな変化をもたらしたのか。(藤井克郎)

★独身主義の女性が後悔することは

「Eggs 選ばれたい私たち」の主人公は、派遣で事務の仕事をしている29歳の純子(寺坂光恵)だ。独身主義者で結婚も出産もする気のない彼女だったが、将来に悔いを残したくないという気持ちから、エッグドナーへの登録を考える。年齢制限の30歳まで残されている時間はもうあまりなかったが、説明会に出かけた純子はそこで、従妹の葵(川合空)とばったり出くわす。同棲していた恋人の女性と別れて行くところがないという葵を自宅アパートに泊めることにした純子だが、同じエッグドナー登録者同士とは言え、2人の生き方にはかなりの温度差があった。

 親の世代から結婚や出産についてうるさく言われることに反発していた純子は、レズビアンの葵に対しても「偏見はない」と言い切るが、自分のアパートで自由に振る舞う葵に思わず身構えてしまう。その微妙な反応を契機に、2人の溝は深まっていく。

「純子は自分そのものというか、私も30歳手前のころはいろんな人にいろんなことを言われる中で、結婚も出産もしないと決めつけていました」と打ち明ける川崎監督は、ちょうど30歳目前で新聞記事を読んでエッグドナーのことを知った。

「記事は、卵子の提供を受けて子どもを授かった夫婦の話でした。どんな人が卵子を提供しているんだろうと調べていくと、卵子提供のドナー登録があることを知って、話だけでも聞きにいこうと説明会に行ったんです。結局、ドナー登録はしませんでしたが、キャリアウーマンの先輩は口をそろえて、『結婚しなかったのは後悔していないけど、子どもは生んでおけばよかった』と言うんですよね。女性はどの時代になってもこの問題を抱えて生きていくんだろうなと思って、映画にすることで素直にさらけ出そうと考えました」

 だがエッグドナーを題材にするのは、かなりの苦労を伴った。説明会のときにどんな人が登録しているのかは聞いていたが、改めて提供者に取材しようと思ったら一人もたどり着けなかったという。

「血のつながりができるものですからね。自分の知らないところで血縁者がいるというのは、自分はよくてもお母さんがどう思うかとかあるんだと思うんです。日本ってちょっと固いところがありますから」と川崎監督。

 さらに映画でも描かれているが、日本国内では法律が整備されていないため卵子提供の治療は受けられず、治療が認められている外国に3週間ほど滞在する必要がある。映画ではハワイやマレーシアとなっているが、「3週間も仕事を休める人しか行けないわけですよ。しかもハワイに行っても海には入れず、毎日、卵子を促す注射をして、定期的に検査を受ける。日本で働きながら提供できたら、どれだけコストも手間も省けるか。これだけ社会から子どもを産めと言われているのに、なぜこんな無駄なことを私たちはしなければいけないだろうって思いますね」と疑問を呈する。

★性別に関係なく、その人はその人

 この企画を、若手監督が対象のワークショップに参加したときに提案。講師を務めた大友啓史監督に褒められたこともあって、2回目のワークショップに向けて20~30分の短編映画に仕上げたものの、出来上がった作品は低評価だった。「ただロサンゼルスで勉強された大友監督から、向こうの学生は何回も撮り直すんだよ、だからぜひ撮り直してみなさいと言っていただいた。 この作品にかける気持ちはとても短編では伝えきれないなと思い、追加撮影を重ねて最終的に長編にしたんです」

 自分自身を投影させた純子に対して葵をレズビアンにしたのは、実際にドナー登録説明会でLGBTQ(性的少数者)の女性も登録しているという話を聞いたからだ。ある人は、せっかく女性に生まれたからには人の役に立つ卵子提供をして、その謝礼金で性転換手術をしようと思っていると話していたそうで、「すごくかっこいい、すてきだなと思ったんです。近くにいたら友達になりたいし、女性だからと区切るのではなく、性別に関係なくその人はその人で変わらない。そういうテーマも描きたくて」と川崎監督は狙いを語る。

 2人を演じる寺坂、川合ともに面識はなかったが、純子役の寺坂は主演を務めた短編映画「ロープウェイ」(2016年、知多良監督)を見て、立ち姿や雰囲気に共感を抱いた。一方の葵役の川合は、東京芸術大学の鋳金を学ぶ学生だったが、共通の知り合いを通じて出演を依頼した。

「写真しか見ていなかったのですが、アーティストならではの雰囲気を持っていて、葵らしいなと思って連絡しました。寺坂さんは卵子に関する本を図書館で借りてきて、ご自身でいろいろと調べてくださった。女優さんって人形じゃないし、一緒になって作りたいなと思っていたので、人生観の話もよくしました」と、お互いに刺激を受け合ったことを認める。

★舞台役者から脚本家、監督の道へ

 大分県で生まれ育った川崎監督は、映画好きの父親の影響で、小さいころから映画館によく通っていた。中でも小学生のころ、「ラヂオの時間」(1997年、三谷幸喜監督)のポスターに引かれ、どうしても見たいと兄に頼み込んで映画館に連れていってもらった思い出が強く印象に残っている。

 地元の高校を卒業すると、早稲田大学第二文学部の表現芸術系専修に進学。伊丹十三監督や三谷幸喜監督の作品が好きで、脚本家になりたくて選んだ大学だったが、ミュージカルのサークルに入ったことで作るよりも出る方に興味を持つ。卒業後は舞台の役者を目指したものの、なかなか芽が出ず、一度、大分の実家に帰って、悩み直した。そこで思い出したのが、本当は脚本家になりたかったということだった。東京のシナリオ・センターに入って、一から勉強をすることにした。

 このときに講師として来ていた沖田修一監督と出会ったことが、運命の扉を開いた。ちょうど「横道世之介」(2012年)が公開されたころだったが、沖田監督は講座で自身が手がけた5分くらいの短編を見せて、自分でも映画を撮ってみてくださいと語りかけた。「横道世之介」みたいなのは撮れないけれど、これくらいの短編だったら撮れるかもしれない。受講生だった川崎監督はふと考えた。

「昨年、沖田監督と偶然にお会いして、監督が私の人生を変えたんですよ、と言ったら、すみませんでしたって言われて……。いえ、感謝しているんですよって話をしました」

 その後、映画学校のニューシネマワークショップに通い、演出を学ぶ中で、映画監督への道が開いていった。「脚本も好きだけど、演出は私一人で担うのではなく、スタッフ、キャストみんなで作るからすごく気持ちがいい。脚本で賞をいただいたこともあって、次は演出に専念しようと、短編をどんどん撮るようになりました」

★気持ちが少しでも軽くなってくれたら

 やがて初めての長編として「Eggs 選ばれたい私たち」が完成し、2018年にはエストニアのタリン・ブラックナイツ映画祭に出品。川崎監督も現地を訪れたが、「クラシカルですてきな劇場と最新のシネコンのどちらでも上映してくれた。全く知らない国の人が私の映画をじっと見ているその横顔を見ているだけで、すごく幸せでした」と、今も感動がよみがえってくる。

 日本では、新型コロナウイルスの感染拡大による非常事態宣言の影響で公開が少し先延ばしになったものの、いよいよ4月2日に封切られる。「どういう反応があるのか、ちょっと緊張している」と話す川崎監督だが、この作品を手がけたことで、これまでとはものの見方に変化があった。

「日本って女性は30歳までに結婚しなきゃ、子どもを産まなきゃっていうプレッシャーがすごく大きい。でも結婚って60歳、70歳でしてもいいし、子どもだって40代で産んでいる人もいるわけです。何で私たちってこんなに縛られちゃっているのかなって。人の目もあるけど、何よりも自分で自分に暗示や呪いをかけているように感じる。みんなそこから解き放たれてほしいなと思ったし、私自身、この映画を作ってとても解き放たれました」

 今後も、人を性別なり年齢なり国籍なりで区切らないような作品を目指したいと話す。そうして見た人の気持ちが少しでも軽くなってくれたらと願っている。

「会社で疲れて映画館に行って、次の日は会社に行くのがちょっと楽になる、勇気づけられる、そんな映画を作りたい。誰かの心の癒やしになれたらなと思っています」と笑顔を見せた。

◆川崎僚(かわさき・りょう)

1986年生まれ。大分県出身。早稲田大学第二文学部在学中に演劇、映像の理論を学び、卒業後は女優の道へ。その後、プロットライターとして映画、ドラマの企画開発に携わった後、短編映画の監督を手がけるようになる。2018年、初長編映画「Eggs 選ばれたい私たち」がタリン・ブラックナイツ映画祭に出品。19年には文化庁委託事業「ndjc2019:若手映画作家育成プロジェクト」に選出され、短編「あなたみたいに、なりたくない。」を監督した。

◆「Eggs 選ばれたい私たち」(2018年/日本/70分)

監督・脚本:川崎僚 撮影・照明:田辺清人 録音:中島浩一 音楽:小林未季 助監督:田中麻子、野本梢、佐藤睦美 衣装:川崎僚 メイク協力:田部井美穂 小道具協力:根矢涼香 制作:イリエナナコ、横山健介

出演:寺坂光恵、川合空、三坂知絵子、新津ちせ、湯舟すぴか、みやべほの、見里瑞穂、斉藤結女、荒木めぐみ、鈴木達也、生江美香穂、高木悠衣、森累珠、すズきさだお、松井香保里 ほか

配給・宣伝:ブライトホース・フィルム

2021年4月2日(金)からテアトル新宿、9日(金)からテアトル梅田など、全国順次公開。

©「Eggs 選ばれたい私たち」製作委員会

「自分自身の呪縛から解き放たれてほしい」と語る川崎僚監督=2021年2月1日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)

川崎僚監督作品「Eggs 選ばれたい私たち」から。独身主義者の純子(寺坂光恵)はエッグドナーに登録するが…… ©「Eggs 選ばれたい私たち」製作委員会

川崎僚監督作品「Eggs 選ばれたい私たち」から。エッグドナーに登録する従姉妹同士の純子(右、寺坂光恵)と葵(川合空) ©「Eggs 選ばれたい私たち」製作委員会