第196夜「Single8」小中和哉監督

 今年2023年の第95回アカデミー賞は、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート監督)の圧勝で幕を閉じた。作品賞を筆頭に監督賞、脚本賞など主要7部門での受賞はちょっと集中し過ぎじゃないかとも思うが、でもこの時代を語るのにふさわしい革新的な映画には間違いないし、映画なるものへのオマージュもちりばめられていて、アカデミー賞もなかなか侮れないなという印象を受けた。

 意外だったのは、スティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的作品とされる「フェイブルマンズ」が無冠に終わったことだ。アカデミー賞の前哨戦とされるゴールデングローブ賞で作品賞と監督賞に輝き、大本命との呼び声も高かったが、ハリウッドの大御所にも決して忖度しないというのは、いかにもアメリカ的ですがすがしい。確かに「フェイブルマンズ」は見応えのある作品ではあるけれど、少年が映画のとりこになり、映画づくりを目指していく映画かと思っていたら、テーマはもっと別のところにあって、ありゃりゃりゃという感じになった。家庭問題で揺れる思春期のテーマは、それはそれで深いものではあるが、ラストではまた唐突に映画愛に戻ったりして、それってどうなのよ、という気がしないでもない。

 少年が映画づくりの魅力にはまっていくという点では、小中和哉監督の「Single8」の方がはっきりすっきりしていて、しかも手作りで特撮を工夫する描写などはより原初的でわくわく感に満ちている。

 時代は1978年。ジョージ・ルーカス監督の「スター・ウォーズ」が日本で公開され、映画好きの高校生、広志(上村侑)は特撮のトリックを何とか再現したいと考える。同じクラスの親友、喜男(福澤希空)と宇宙船のミニチュアを作って8ミリカメラで撮影を始めるが、フィルムを現像してくれるカメラ屋の店員(佐藤友祐)から「ちゃんとした映画にしたらどうだ」とけしかけられ、文化祭のクラス企画として映画制作を提案する。

 こうして広志は、喜男と映画マニアの佐々木(桑山隆太)の3人で8ミリ映画を作ることになるんだけど、この創作過程がめちゃくちゃ丁寧に描かれている上に、広志がひそかに思いを寄せる同級生の夏美(髙石あかり)をヒロインに担ぎ出すという思惑も絡んで、甘酸っぱくもきらきらした青春物語になっている。中でも興味深いのは特撮の創意工夫で、どうやらこれは小学生のころから8ミリに親しんでいた小中監督が高校1年のときに映画研究部で手がけた「TURN POINT 10:40」という作品が基になっているらしい。

 例えば自分たちで作り上げた宇宙船の模型をどうやったら巨大に見えるようにするか。球体の反射を利用した撮影方法はなるほど特撮の原点だし、さらに広志たちはフィルムを逆回転させることで、時間を戻すというSFのストーリーを思いつく。脚本を練り上げていく段階で宇宙からの攻撃がほしいとなったら、今度はそれを映像としてどう表現するか考え抜く。といった感じで、必要と創造の相乗効果で映画づくりは進められていくという原理をきっちりと示していて、映画を志す若者にとっては大いに参考になるのではないか。

 と同時に、淡い初恋の思い出など青春の1ページがぎゅっと詰まった展開は、大人はどこか懐かしい気分にさせられるに違いない。以前にクラスの行事で記録係として8ミリを回していたとき、人知れず夏美を撮影していたというエピソードは、広志の純粋ないじらしさを物語っていて、いとおしくてうるうるする。文化祭が近づいて、最後は広志と喜男、佐々木の3人だけで徹夜で編集作業に追われる場面なんて、あのころしか経験できない貴重な時間だったなと、年を取ってから気がつくことだ。

 しかも感動的なのは、この広志たちが8ミリで撮影した「タイム・リバース」なる作品を、頭からおしまいまで全編きちんと見せてくれるのだ。いかにも高校生が工夫に工夫を重ねて作ったという素朴な味わいもそのままに、それまでちらりちらりと映っていた断片が一つの作品として構築されているのを目にすると、ぐっと迫ってくるものがある。「フェイブルマンズ」もそうだけど、この手の映画で劇中劇を1本の完成作として丸ごと見せるということはまずない。うれしいと同時に、高校時代の自分に対する現在の小中監督の思いに触れた気がした。

 小中監督は中学でも高校でも大学でも自主映画を撮り続け、1985年に立教大学を卒業した翌年に「星空のむこうの国」で商業映画を初監督。以来、「ウルトラマンゼアス2 超人大戦・光と影」(1997年)や「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」(2006年)などのウルトラシリーズをはじめ、SF作品を中心に変わらぬ情熱で映画に向き合っている。当方は1993年の「くまちゃん」のときなど、これまでに2度ほどインタビュー取材をしているが、「小学校の途中から、形で残らないことへの虚しさが込み上げてきて、祖父の古い8ミリカメラで映画を作り始めた」と創作の原点について語っていた。

 タイトルの「Single8」とは、コダック社の8ミリフィルム「スーパー8」に対して、富士フイルムの8ミリの商品名が「シングル8」だったことに由来する。今や8ミリで映画づくりを始める子どもはいないかもしれないが、未来の映画作家に寄せる小中監督ならではの期待と励ましが、スクリーンからひしひしと伝わってきた。(藤井克郎)

 2023年3月18日(土)から、東京・ユーロスペースなど全国で順次公開。

©『Single8』製作委員会

小中和哉監督作品「Single8」から。広志(左から2人目、上村侑)たちは、高校の文化祭のクラス企画でSF映画を撮ることになる ©『Single8』製作委員会

小中和哉監督作品「Single8」から。広志たちは高校の文化祭のクラス企画でSF映画を撮ることになる ©『Single8』製作委員会